2057年春、地球では民間の天文家によるショートカットアンカー発見が
相次いでいた。昨年、帰還した超深遠宇宙探査プローブのデータが今年になって
公開されたためだ。皆、野辺山に続けとばかりにデータ解析にいそしんだ。
彼らの中で奇妙なうわさがあった。ステーションからわずか数光年のところに、
人魂が見えるというのだ。実際のところ、データを処理後、画面へ出力すると
人魂のような形の何かが見えるというだけである。某所の解析によると
強力なガンマ線である確立が61%だという。まぁ春だし、プローブも
電波を拾ったんだろ〜。という冗談ともとれる意見が大半だった。



 タルシアン襲撃より10年、ようやく、太陽系からタルシアンを退けた
国連宇宙軍は、艦隊再編を果たし、再度外洋航海へ乗り出す。

 第二次タルシアン調査艦隊

 目的は、
シリウス星系再調査。
および、
シリウス会戦唯一の生き残り、リシテア号捜索。

 リシテア艦隊が、結果的にシリウス星系へタルシアンを
誘導したことにより、一時的に太陽系へのタルシアン襲撃が途切れた。
これは人類にとってわずかな、しかし、大きな大きな戦力回復の
時間となった。リシテア艦隊は、太陽系を救ったといっても
過言ではないだろう。
とはいえ、すべてのタルシアンがシリウスに誘導されるわけもなく
人類は、存亡をかけた戦いを自星系内で繰り広げることとなった。

 当のリシテア艦隊は、冥王星会戦の後、シリウス星系へのショートカット
アンカーによるハイパードライブ敢行の報を最後に行方を絶ってはや10年。
冥王星会戦より約9年後にシリウス会戦辛勝の報が届くも、リシテア号は
未だ帰還していない。シリウス会戦ではリシテア号を除くレダ、ヒマリア、
エララはすべて轟沈、リシテア号も少なからぬ損害を被った模様だ。
通信は戦闘中に送られたものらしく、後半部分は失われていた。
超々圧縮通信は、同時に乗員からの個人宛ての通信もピギーパック
されており、デコードに成功したパケットに含まれていたメールが、
一部の家族に配信された。涙を流して息子や娘の無事を祈る姿が
ニュースに何度も流された。

 リシテア級は、ショートカットアンカーによる長距離ハイパードライブに
加えて、1光年程度の自力による短距離ハイパードライブが可能だ。
帰りのショートカットアンカーが見つからなかったとしても、10回程度の
短距離ハイパードライブによって帰還できる。
だが、いまだ帰還できていない。となると、帰還中にタルシアンに捕捉され
撃沈されたか、会戦時にハイパードライブが復元不能なまでの損害を
負っていることになる。ラム機関が正常稼動しているならば
亜光速航行によって、帰還してきている可能性は残されているものの
可能性は薄いとの見方が強い。


・・・

 僕は自衛軍に入隊した。数年後、入隊時から希望していた国連宇宙軍艦隊
勤務との辞令を受け取った。なんのコネもない僕の希望が通るとは、かなり
ラッキーなのだろう。しかも、第二次タルシアン調査艦隊派遣とのうわさが
真実味を帯びてきた時にだ。やっと、ミカコに追いつけるときが来たのだ。

・・・

 第二次タルシアン調査艦隊は、シリウス星系第四惑星アガルタ軌道上で、
リシテア艦隊残骸を発見。データレコーダーの解析に入る。そのなかには
リシテア号が意図的に残したと思われるデータレコーダーが含まれていた。
リシテア号は、推測通り、機関部に致命的な損傷を受け、ハイパードライブによる
帰還は、不可能となっていた。援軍が来る望みよりタルシアン再襲撃の
可能性の方が高く、シリウスに留まろうとしても数年単位での作戦行動に
必要な物資は、そもそも搭載していない。他に選択肢はなくラム機関による
亜光速航行による帰還となった。船内時間は数ヶ月の航行となる予定である。
予定航路も残されており、健在ならばオールトの雲より約1光年のところまでに
迫っていると推測された。

 解析が進む一方で、またしてもシリウス星系にてタルシアン群体に遭遇、
第二次タルシアン調査艦隊は、少なからぬ被害を被るも、これを退ける。
帰還用ショートカットアンカーは終に見つからず、短距離ハイパードライブに
よる帰路につく。もちろん、リシテア号の予定航路を経由してだ。

・・・

 5回目の短距離ハイパードライブから通常空間に復帰したときのことだ。
第二次タルシアン調査艦隊のメールボックスの容量が一気に膨れ上がった。
自動受信状態であった通信デバイスが大量のメールデータを受信したこと
を意味した。戦略戦術支援システムも同様だ。膨大な量のシリウス会戦の
戦術データを受信していた。

このとき、昇はたまたま私室にいた。何か予感のようなものがあったのかも
しれないと思う。艦隊勤務になってから、まったく着信の無くなった携帯電話は、
私室の机の中にしまったままになっていた。

机の中からメールの着信音がした。
ような気がした。
震える手で机の引き出しの中の携帯電話を手に取ってみる。

ミカコからのメールだった。
読むのを後回しにして、返信を即座に返す。艦隊勤務になってから
何度も何度も考え直して作ったメールだ。
「僕はここにいるよ。帰ってこないから迎えに来た。」

士官向けのラウンジに行って見ると騒然としていた。僕のようにリシテア号を
追って来た人たちが他にもいたということだろう。となると、数時間以内に
緊急の作戦が開始されると思われる。


近くにリシテア号が健在する。


受信状況の解析とドップラーシフトより、リシテア号の現在位置が割り出された。
目的の一つに掲げられていたものの、生存確率は極めて0に近いとされていたため、
リシテア号とのランデブーに関して、全くの準備がなされていなかった。
急遽、リシテア号ランデブー作戦が立案された。最も高速な艦船(高速駆逐艦)
2隻に別の駆逐艦から無理やりはがしてきた機関を取り付けリシテア号と同じ
速度に加速し、超短距離ハイパードライブによってリシテア号へ接近する。

 そして、ついに、ついに、リシテア号の健在が確認された。

 リシテア号は、太陽系外縁オールトの雲から1.23光年の地点で
最終減速に入っていた。ヘリオスショートカットアンカーまで目と鼻の先だ。
目の前まで帰還してきていた英雄たちを見逃していたステーションは、
それはもう無能呼ばわりされ、「祭」の戦場と化した。
地球を発ってから船外時間で実に11年が経とうとしていた。

 ウラシマ効果を最低限に食い止めるため、リシテア号乗員はランデブーに
成功した駆逐艦へ移乗し、ハイパードライブで先に地球へ帰還することになった。
リシテア号は、第二次タルシアン調査艦隊の艦船で交代に護衛しつつ地球へ
帰還する。


 地球軌道に帰還したリシテア号艦体は、出港時の白亜の優雅な
艦体が見るも無残であり、既に艦体といった形を成しておらず、
タルシアンの返り血にまみれ、見るものを吸い込むような艶のない
黒紅色に染まっていた。以後、リシテアシリーズの艦体色は、
Bloodly dark red(mat)となる。

 シリウスを発ったリシテア号は、その後も執拗なタルシアン襲撃に曝され、
じりじりと戦力を削られていく。当初、89機※いたトレーサー隊も、
次々と打ち減らされ、第二シリウス調査艦隊が、発見した当時、稼動11機、
うち完全稼動機3機までになっていた。特筆すべきは、女性最多撃墜数を
誇る機体だ。固定兵装の小型ミサイルポッド以外の遠距離武装を捨て、
武装を絞り、機動性と近接攻撃力に特化した姿は侍を思わせた。
パイロットは、若干15歳の女の子だった。

※
リシテア級搭載能力は、128+12(補機)
出港時の配備数は1艦あたり64機
リシテア会戦後のトレーサー残存数
リシテア所属残存21機+7機(補機)+61(シリウス系にて轟沈した
エララ以下3艦の所属トレーサー)


・・・


 リシテア号帰還の報に沸くころ、日吉の連合艦隊司令部では、次の
大反攻作戦が可決されようとしていた。先日、野辺山天文台が
発見した銀河中心部へのショートカットアンカーを利用してタルシアンの
巣であるとされる星域へ殴りこみをかけるというものである。帰りの
ショートカットアンカーが発見されておらず、選抜特別攻撃隊となることは
必至である。万単位の死が確定する。
だが、それでも、
タルシアンの息の根を止めることはかなわず、無意味に終わるはずだ。
この案が可決されるということは、一部の人間しか知らない真実が
どこかにあるはずだ。


 銀河中心調査艦隊の編成はこうだ。

 旗艦 尾張級 尾張

 第一艦隊
 尾張級 1
 超ド級戦艦 8
 重巡洋艦 8

 第二高速艦隊
 ド級高速戦艦 2
 軽巡洋艦 8
 駆逐艦  16

 第四機動艦隊
 正規空母  6
 高速巡洋艦 2
 駆逐艦   8

 ・
 ・
 ・

 第十三遊撃偵察艦隊
 リシテア改級航空戦艦 4
 アナンケ級 駆逐艦 8

 第十三遊撃偵察艦隊 旗艦 リシテア改級航空戦艦 1番艦 リシテアU 

 艦長は、寺尾昇大佐。あのナガミネ大尉の婚約者である。ところで、
リシテアUには最強のお守りがある。リシテア号のシリアルプレートだ。
戦闘艦は、キールのクリティカルポイントに船体識別のためのシリアル
プレートが融着される。これは廃船となるまで付け替える事はできない。
これを加工した場合、そのひずみによって船体に重大な影響が出るのである。
それほど重要な部分に使用されるので、通常はお目にかかれない。
が、こともあろうにナガミネ大尉がひっぺがしてきてしまったのである。
なんでも、「海外旅行のお土産は、かさばって役に立たないものじゃないとね」
だそうである。リシテア号は洗浄の後、地球軌道上の博物館に
硬化テクタイト封印処理されて眠ることになっているので問題は無いだろうが。
そして今はリシテアUの船長席のネームプレート横で鈍い光を放っている。

・・・

 第十三艦隊は、主力以外の艦隊としては破格の戦力を有する。
つまり威力偵察をせよ。ということらしい。トレーサー隊がいるのであるから
長峰がこないかと少しは期待したのだが、当然というか、第四機動部隊の
トレーサー隊所属となってしまって、また、顔を合わせる機会が
なくなってしまった。が、僕としては、メールがタイムラグなしに届く
のだから、それほど、心を硬く強くしなくても済む。


ALERT!
距離1万にタルシアン群体3個がワープアウト。

「彼我戦力差1:3、戦術支援エンジンは撤退推奨しています。艦長!」
シリウス会戦では、リシテア級4隻で1個群体とようやくのことで痛み
分けにもちこんだという。パイロットの完熟訓練の不足、および、配備数の
不足など戦力は半減状態ではあったが。それにしても、3個群体とは
豪勢なお出迎えだ。撤退したい、誰もがそう思っているだろう。
が、数分後には、補給艦隊が到着するのだ。既に彼らは
短距離ハイパードライブに入ってしまっている。逃げ出すわけにも
いかないだろう。
僕は第二次タルシアン調査艦隊で、戦績を上げ艦長までになった。
しかし提督ではない。よって撤退を決めることはできない。
提督はどうするつもりだろうか・・・

「連合艦隊司令部へ、通信。防戦開始の報と援軍要請。
最低1個艦隊を回せと言っておけ。」

初戦から補給部隊を見捨てて逃げ帰っては士気に影響する。
初戦はスマートに勝っておきたい。しかし、その目論見は既に
やぶれさってしまった。初戦を勝ちにしたいなら、司令部は
それなりの対応をしろ。
ということだろうか。

「全艦第一次戦闘態勢。トレーサー隊は、甲種重武装で出撃準備。
護衛艦の光子魚雷全弾発射からテンマイナーに全速で出撃。
雑魚にはかまうな大物を狙え!」

「司令部よりの返信が、強力なジャミングによりデコードの90%に失敗。
暗号解析班の推測では、防戦命令および援軍内容文の可能性70%
とのことです。」

先鋒との距離が迫る。タルシアンが加速し、噴射炎が宇宙を赫く染める。

「全艦、防戦開始!
全トレーサー隊、出撃。
護衛駆逐艦、光子魚雷全弾発射。
続いて、主砲、光子魚雷着弾にあわせて斉射。」

・・・

「撃っ!」
モニタースクリーンが光子魚雷の着弾で白い光に満たされる瞬間、
それを居抜くように数百条の青い光が駆け抜ける。

「弾数を気にするな、撃ちまくれ!」

怒号が飛び交い、衝撃が船体を揺する。もう、何回も味わってきた
感覚だが、やはり恐怖心はなくならない。

・・・

開戦より20分、最初から全力戦闘のためここいらで息切れだ。
補給艦隊が背後にいるため交互に補給しつつの戦闘へと移行する。
ことここに至ると、圧倒的な戦力差が覆い被さってくる。
ふと、メールが届いていることに気づく。ミカコからだ。


「昇くん、こんどは私が迎えに行くよ。」


「敵左翼距離5000に多数のワープアウト反応! 
正規空母6、 高速巡洋艦 2 駆逐艦 8 
第四機動艦隊です!
ワープアウトと同時に空母よりトレーサー隊出撃。
艦隊の直俺体制に入りました。
続いて、大型艦ワープアウト、お、尾張級です!
広域相転移砲発射体制に移行。」
「トレーサー隊を至急撤退させろ。今すぐに。
全艦、トレーサー隊の離脱を援護、トレーサー隊が帰還
次第、全力後退。」
命令を出し終えた後、提督はぼそりとつぶやく、
「ブラスターの実戦投入とは思い切ったものだ・・・」


第四機動艦隊のトレーサーの動きは見事だった、うちの艦隊の
トレーサー隊がばらばらと帰還するのと対照的に、なんの通信も
ないのにまるで返し波のように全機がさーっと引き上げてくる。

タルシアンだけが取り残された宙域にブラスターが炸裂した。


銀河中心調査艦隊の初戦は、
「第四機動艦隊による大勝利」
と報道された。だが、報道されていない事実もある。
尾張級の参戦とブラスターの使用。
そして、
第十三遊撃偵察艦隊のトレーサー隊の半数が失われ、
護衛駆逐艦 3隻が轟沈、中破 3、小破 2、
リシテア改級航空戦艦 大破 1、中破 1、小破 2
合計1千人を超える死者が出たことだ。

-- Spining a daydream closed .2002/05/20 4th--