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試作命令

 『メイドロボ』。ある意味で蔑称のようにも聞こえる一般名詞を持つこの存在は、それと裏腹に、ありとあらゆる最先端技術の集合体である。
 その先駆ともなった一般向け介護/自立支援システム・HASSシリーズで、世界一のシェアと開発実績を誇る来栖川重工は、スタンドアロン型の次世代汎人機(メイドロボ)の開発を長瀬らに命じる。そこに要求される性能とは、まさに次世代を予感させるものであり、かつ達成のあまりに困難なものであった。

『何をさせるか?』

 開発部を統べる長瀬は、まず要求項目を達成するのに必要な機能及び性能を徹底的に洗い出す。しかし、高度な自律判断をはじめとした、未来の魔法でしか達成できないような要求項目を前にして、開発部は沈黙せざるをえなかったが……

パラドクス

 不可能を可能にするために、長瀬らは逆説的選択を行う。しかしそれは、全く無能なメイドロボを生み出しかねない重大なパラドクスを含んでいる。
 HMXをHASSの延長線上に位置づけるべきか否か……長瀬は重大な決断を迫られる。

ながら作業

 多数の問題を解決するために、問題に重み付けを行って優先順位を決める。そんなノイマン/非ノイマン的手法では解決不能な問題や決定不可能な問題を抱えすぎる!、中枢処理システム(CNS)自律判断アルゴリズム担当の北村は別のアプローチはないものかと苦悩する。そんなある日、休日の午後、北村は妻、美耶の毛糸の巻きとりを漠然と眺めていた。テレビを見ながら、毛糸を巻き取り、子供と会話をかわす。この妻のなにげない日常に、北村は驚く。そこにこそ、解決の糸口があったのだ。

重い!

 長瀬らが思考手順の『重さ』に苦悩する中、インタフェイス部開発を担当する松田班はコストと重量という意外な問題に対面していた。介護/自立支援システムの数分の1の価格で、同じ重量を達成する事がこれほどまでに困難とは予想だにしていなかったのである。松田班は、軽くて強靭な新しい素材を求めたが、価格面で折り合いのつくものは見つからなかった。松田班の新城(しんしろ)は、『全身を支える強靭な骨格』というアイデアに対して異論を唱えた。
 「強靭でなくてもいいんです。支えられれば。」

痙攣

 基礎的なデータを収集を行うための試作機、HMX-10が完成した。ところが、『プロト』という愛称を奉じられたこの試作機は、動き出すどころかハンガーの中で痙攣を繰り返すだけ。長瀬は野本と濁川に原因究明を命じる。ホロダイナミックアルゴリズムを採用した、中枢処理システム『HD-CNS』、通称『電脳』のエミュレーションを行うICE(インサーキット・エミュレーター)の動作記録を丹念に追う作業が続いたが、そこに、何一つ問題はなかった。では、何か設計上のミスがあったのか、焦る野本らの後ろで、何かが動いた。

選ぶこと・選ばせること

 介護動物に可能で、介護/自立支援システム(HASS)に不可能なこと。それは、『自ら選ぶこと』であり『使用者に選ばせること』である。情報の重み付けだけでは解決し難い困難な問題に対し、ホロダイナミックアルゴリズムはどの様な判断を下すのか。試験室の中で、被験者として座った長瀬に、プロトはたった一言つぶやいた。
 「コーヒーにミルクは要るんでしたっけ?」
 当たり前の言葉、当たり前の動作。当たり前過ぎる応対に、長瀬は一筋の希望を見いだした。

素材革命

 カーボン系新素材群。ナノチューブやC60などを元に、今までの素材とは根本的に異なる特性を持つ高性能・高機能素材が次々と登場しはじめた。早速、試作部品が製造され、開発課に運び込まれた。松田は、その新素材群の性能に驚くが、同時に頭を抱えた。アクチェータスケルトン(動力骨格)の応力設計を完全にやり直し、HD-CNSにプログラムし直さなければならないからだ。しかし新城ら若手研究員らは、すぐさま新素材を利用した部品群の試作を発注してしまう。『開発期間は限られている、やり直しはできないんだ』そう怒る松田。気にも留めない若手たち。そしてオーバーホール後の再起動試験の日、松田は驚くべき光景を目にした。

叛逆

 プロトは動作試験を繰り返す中、次第に反応・応答速度を低下させていく奇妙な障害を引き起こしていた。ホロダイナミック脳のプロセス管理を見ると、必要と予測されている数を遥かに超えた情報処理が行われている。原因は一体?

二体目の試練

 プロトによって得られた経験を元に新規設計された実証試作機『アルファ』。『実験』『実証』『実用』という一般的な三段階の開発過程の中では、もっと多くの要件を達成することを必要とされる。開発部一同の見守る中、『アルファ』は、文字通り『目を覚ました』。

センサ万別

 『アルファ』のアクチエータスケルトン(動力骨格)に、無数に装備されたデータ収集用センサ。これが思わぬ問題を引き起こした。実用試験を兼ねた増加試作型を設計する段階で、センサを取り除いた状態のアクチェータスケルトンを再設計する必要に迫られたのだ。

『ワタシ』の意味

 受動的な動作に撤していた汎人機『HASS』と比べ、より自律的・能動的な動作を求められる汎人機『メイドロボ』。そのFTFマルチモーダルインタフェイスの核となる虚像人格システム(=仮身自我タスク)に決定的な破綻が発生してしまった。ホロダイナミックアルゴリズムを選択する限り、この破綻を回避することは出来ない………

事故と自己

 アルファの自立行動試験は終盤を迎え、遂に最後の難関、『使用者の同伴を伴わない自立判断』に関する試験を行うこととなった。大仰な呼び方だが、結局は『一人でお使いに行かせる』以上のことは何も無い。そう、何も無いはずだったのだ。

病人

 アルファは交通事故で半壊し、開発室のハンガーの中で何かを訴えかけるように動き続けていた。法務部はこの交通事故を重大に受けとめ、開発部に対してHMシリーズの開発中止、つまりHMX計画の中断を上層部に求めた。

自律行動と使用者責任

 事故の責任問題を巡る開発部と法務部の対立は未だ解決されていなかった。更に、唯一の実験体だったアルファを失ったことも加わり、開発部には重苦しい雰囲気が漂っていた。このままでは、計画全体が頓挫し兼ねないのだ。

費用対効果

 『新型汎人機(=メイドロボ)』に対する開発費と、市場から回収できる資金に関して混迷を究める役員会議。長瀬はその会議にあえて『アルファb』を同伴させた。興味津々の面持ちで『アルファb』を見つめる役員たち、そこで『アルファb』は………

『是』と『否』

 役員会議の場で『アルファb』は数々の指示に応え、HASSシリーズにはない自律判断能力は競合他社の汎人機に対して大きなアドバンテージを持つ可能性があることを証明した。だが、来栖川社長は物思いにふけるように『アルファb』を見つめていた。

思わぬ反対

 量産化を前提とした増加試作型開発の決定が下されて数週間、文字通り目が回る程の膨大な作業に忙殺される開発部に、一通の電子メールが届いた。そこにはこう記されていた。『新型汎人機開発計画の白紙撤回を求めます。』
 それは、人権擁護団体からの思わぬ反対の声だった。

量産効果

 増加試作型の設計は、単にコスト削減を目指すだけでなく、製造ラインの簡素化に対応し、メンテナンス性にも優れていなくてはならない。松田班のボディ設計担当櫟森はプラント設計を受け持つ垣田原第二工場へ向かった。

たくさん並べて…

 ホロダイナミックアルゴリズムを採用した三次元半導体回路脳は、その特性から複製を作ることは事実上不可能である。開発部は、ホロダイナミックアルゴリズムの優位性を重視し、あえてこの問題に目をつぶり続けていた。しかし……

マルチとセリオ

 長瀬が敢えて二つに分割した開発部の、『次世代汎人機』に対する回答。それが、メイドロボ、マルチとセリオである。この一卵性双生児は、重要な部品のほぼ全てを共通のものとしながら、たった一つだけ異なるものを与えられていた……

光舞

 遂に、光回路脳の試作が完成した。直径15cm程の調理用ガラスボウルのようなそれは、目に見えない微細な回路群が恐るべき密度で刻み込まれている。性能実証試験を見物するために、長瀬どころか来栖川社長までやってきた!

品質管理

 HMX-12及び13は、その全ての感覚システム情報を開発課の監視ホストに送信する。それは、量産型生産時に必要になると同時に、品質管理にも必須の情報となる。その監視ホストには3交代の24時間制で監視員がいる……

喧嘩

 HMX-13が引き起こした、ささいな事件。人に従うはずのHMXが、人を制止したのだ。HMX-13は直ちに回収され、徹底的な原因追及が行われた。対人応対での仮想自我タスクの影響を除去するために『絶対表示モード』状態となったHMX-13は、制止の原因を『より高位の判断基準に従った』と言う。『より高位の判断基準』とは、一体何なのか。なぜ判断基準の初期値が変更され、『高位の判断基準』としてOSに登録されたのか。自律人格が引き起したパラドクスがそこにあった。

エモーション

 HMX-12が自ら『マスター』と認めた青年。彼がなぜマスターとして選ばれたのか、監視員はおろかHMXのプログラマたちにすら、その理由を説明することはできなかった。しかし、HMX-12のシステムの奥深くまで、その青年の情報が刻み込まれ、その一挙手一投足が最優先事項として記録されている。
 『彼女』にとって、『マスター』は全てなのだ………

監視

 トライアル最終日の朝。マルチはハンガーのコンソールを介して、一つの自己提案を行う。
『マスターのところに、戻ってもいいですか?』
 監視チームは声を失った。そこに示された、たった十数文字の提案は、あまりに深い意味を持っていたのだ。

味覚の問題

 料理は、素材や調味料の種類と量、調理方法だけで味が決まるわけではない。それは分かっていたはずだった。しかし、データベース検索能力のないHMX-12が、試行錯誤を繰り返す前に、それを行ったとき、悲劇は起こった。

追跡限界

 HMX-12が『マスター』と過ごす時間。HMX-12の監視員たちは、それをHMX-12の『プライベートな時間』であると判断した。
 記録はする。何故なら、それは『彼女』自身のために使われるものだから。
 監視はしない。何故なら、『彼女』は、今、『マスター』と過ごしているのだから。
 翌日、HMX-12が回収されたことが確認されるまで、監視管制室に足を踏み入れる者は、誰一人としていなかった。

『持つ者』と『持たざる者』

 DNAを持たぬ彼女らの恋愛感情は何のためなのか。自己の継承や保存のためでなく、独占欲求でもないとすれば、そもそれは恋愛感情と呼ぶに相応しいものなのか。HMX-12/13は、『自律人格』という今までの人工知能が目指しながら達し得なかった一つの究極を達成した。しかし、彼女らはその代償として、人の根源に関わる問題を開発部員たちに突きつけてきたのだ………トライアル終了後、二体の汎人機を前に開発部社員らに歓喜は無かった。『人が作った人が、果たして何者なのか』、その問題に答えを出せるはずもなかった。

決断

 量産機の選定は混迷を極め、来栖川重工の最高意思決定機関である役員会議でも結論を出すことが出来なかった。全ては来栖川社長に委ねられ、そして決断が下された。「HMX-13を上位型とし、12は機能を縮小した上で普及型とする」。
 抗議する長瀬開発部長を、来栖川社長は社長室に呼び出す。
 来栖川社長は、長瀬に向かって一言だけ訪ねた。
「君は、種としての人類に対して責任を追うことができるかね?」
 長瀬は、呆然として立ちつくした。
 来栖川社長の放った言葉の意味を、ハッキリと理解してしまったのだ。

第三者

 来栖川社長と、長瀬開発部長との対話。
「人類は、始めて自分以外の知的存在と接触を果たした……そうは思わないかね?」
 来栖川社長は続ける。
「しかし、宇宙から来たわけじゃなくて、自ら作り出してしまったんだがね………彼女らは、言うなれば第三者だよ。人類を俯瞰する事のできる、人類を人類以外の目で見て、人類以外の心で感じて、それを我々に伝えることのできる第三者だ。」
「私が開発したのは………私は、そんなものを創り出してしまったんですか………?」
「技術は既にあった。理論も既にあった。無かったのは、実践と……ちょっとした奇跡くらいだよ。君が創らなかったとしても、早晩、誰かが創ってしまっただろう。君は置いてある箱の蓋を、たまたま開いてしまったに過ぎないんだ。気に病むことはない。」
「しかし……」

曙光

 来栖川社長と、長瀬開発部長との対話が続く。
「私たちは…彼女らから、何を知るんでしょう?………私たちはどうなるんでしょう?」
「さて、私には分からないよ。
 ただ、私の孫たちを見ていて分かった。彼らは、君が思う以上に、ロボット達を『人』として見ている。人間と同じように、血の通った、心を持った『人』として見ているんだ。
 それが、何を生み出すのか分からない。これから何が起こるのかも分からない。しかし………こうも思う。人は今まで、自らの思い込みだけで突き進んできた。様々なものを、自分のしたいようにしてきた。しかし、これからは違う。彼女らがいる。いや、彼女、と決めるのも変だが。
 人は、初めて手に手を取って、共に歩むことのできる伴侶を得たんだよ。」
「伴侶、ですか?」
「そうだ。肉体的なものじゃなくて、精神的な……魂の伴侶と言えばいいのかな?」