ビジュアルノベル概論

ビジュアルノベル概論

1.まえがき

 Leafの「To Heart」を題材に、ビジュアルノベルについて分析を試みる。

2.マルチストーリーの功罪

 別にビジュアルノベルは1本道でも良いのだが、ともかく、シナリオが分岐している場合について考える。
 さて、マルチストーリーの場合、パラレルワールドの様に時間軸に対して世界が複数存在することになってしまう。こうする事でプレーヤーはセーブポイントからのゲーム再開を多用する事になってしまう。すると、細切れに状況だけを眺めるという事にもなりかねないので、折角のストーリーが死んでしまう。勿論、多様な世界が楽しめて良いのだが、話の時間的連続性が失われると混乱する読者も多いだろう。
 また、作り手が「正しい選択肢」「間違った選択肢」という捉え方で製作すると、つい「間違った選択肢」側の素材は手抜きになってしまう。これではシステムが台無しだ。
 ともあれ、例え分岐しなくても前後矛盾の無いストーリーを構築するにはそれなりの才能と経験が必要である。

3.日本語の物語

 日本語というのは学問上非常に困った言語だ。
 表音文字、表意文字の両方がある上に、外来語と外国語と和製疑似外来語も同居している。当然、口語と文語も存在する。どこまでを日本語と言えばいいのか、という事を無視しても、実際に「日本語」を使っている我々日本人はそれを意思疎通の手段としている。
 さて、これによってどういった効果が有るのだろうか?
・主な文章は文語調、会話は口語調とする事により、会話部分が比較的自然に読める。
・外来語でなく外国語を使う事により、洋風のイメージを出す。
・和製疑似外来語は、外国語よりも言葉のニュアンスを日本人に対しては正確に伝える。
・表意文字に当て字のルビを振ることにより、意味を失う事無く言葉を流れにさせる。
・漢字で筆記可能な文章を部分的にカタカナや外国語に置き換える事により、文章の流れを変更する。
 他にもあるかも知れないが、とにかく、このように日本語はその文字表現において特殊な効果を出す事が出来る。

4.行間を読ませる

 さて、メディアである以上、送り手と受け手の意識の完全な一致は不可能である。よって、その緩衝材として「行間」が存在する。これは、受け手が自分の経験や知識に基づいて物語の背後関係や微妙なニュアンスを読み取る為に存在する。(つまり、映画などのビジュアル優先のメディアではかえって不自由になってしまう)
 登場人物が悲しそうな顔をして何も言わなかったとしても、それは「何も無い」事を意味するのでは無く、前後や背景から想像しろという事であり、技術的に優れた文章ではこれによって実際の文字以上の情報を読者に提供している。

5.本論

 さて、これまでの章を理解して頂けたという前提で本論に入る。

 明言するが「To Heart」で重要なのはバッドエンドのシナリオである。確かに本筋であるハッピーエンドがメインストーリーとして描かれてはいるものの、それはあくまでも素人さん向けのサービスであり、玄人は行間から隠れ本筋であるバッドエンドを読み取らなければならない。
  • 松原葵
     一番簡単に理解できるバッドシナリオである。つまり、決闘前日で日和見>決闘翌日神社で会う、によって発生する「努力は報われない」という話である。ゲーム中はそのまま終わるが、ここで、慰めからHシーン>二人の別れ、であれば完璧にLeafの黄金パターンであろう。
  • 神岸あかり
     途中までバッドシナリオを彷彿とさせるので、彼女もわかりやすいだろう。1回目のHで失敗>迎えに行かない>矢島に取られる>でもあかりはまだ俺を忘れられない、という優柔不断型最低最悪男の見本のような話である。
  • マルチ
     ラスト直前までバッドシナリオかと思わせる流れなので、説明不要かも知れない。つまり、心の交流>H>研究所で分解>量産機には心が無い、という完璧な救いの無い物語となる。
  • 長岡志保
     元から、シナリオそのものに幸せな要素が殆ど無い。まぁ、敢えて付け加えるなら、あかりの恋人を奪う>妊娠>それを隠して転校>数年後に再会>真っ赤なスポーツカーで交通事故死、とすれば良い。
  • 保科智子
     前半嫌われまくるので、ただそのままで十分バッドシナリオではあるのだが、敢えて付け足そう。神戸の友人と同じ大学への進学を希望するも母親は進学に反対>父親は良い大学に入れば授業料を出すと条件>援助交際して進学塾の費用を捻出>成績低迷と裏切りにより自我崩壊、これは現代日本の教育システムに鳴らす警鐘である。
  • 姫川琴音
     超能力物語のバッドエンドは、政府に追われて死亡、という王道がある。それを踏まえて、校長にライト直撃>校内で事故多発>特殊部隊による暗殺決定>逃亡に協力する主人公>巻き添え、というアクションが見ごたえがあるだろう。
  • 宮内レミィ
     アメリカに旅立つというご都合な状況なので、バッドエンドも異国情緒溢れる作りにしてみよう。アメリカに戻る>ギャングに誘拐されて犯されて殺される>それを知らずに主人公が遊びに来る、リアルな話である。
  • 来栖川芹香
     お嬢様のバッドエンド王道は2パターン。金持ちパターンは、来栖川のロボット普及>労働者大量に失業>暴動の渦中で処刑、貧乏パターンは、来栖川倒産>借金に追われて生活苦>健気に夜の街で働く>主人公に見つかり絶望して自殺。
  • 雛山理緒
     元から貧乏なので一工夫必要である。つまり、苦しい家計から遣り繰りしてバトルッチを買うと決意>酒飲みの父親が事故で入院>バトルッチを買うお金と今月の生活費全てを渡してしまう>実は大した怪我じゃなくてその金は飲まれてしまう>騙されたと気付いたけどもう遅い>家が火事で弟が焼死、このように不幸の星が延々と煌くイメージが大切だ。

    6.プレステ移植について

     プレステに「To Heart」が移植されるそうだが、この手の移植では18禁部分をいかにして削るかが重要になってくる。元のシナリオを検証すると、葵、マルチ、智子、琴音、理緒の5人についてはそのままキスシーンにでも差し替えればどうとでもなる。また、レミィ、芹香の2人については元シナリオのクライマックスの出来がイマイチなのでどうせ書き直した方が良い。ただ、あかりと志保に関しては全体のシナリオの意味合いまで変化してしまうので全体的に調整すべきだろう。
     コンシューマーで大切なのは、中古に売られない事である。それは「長く遊べる」か「手放したくない」を意味する。よって、プレステに移植する際に重要なのは「初音のないしょ!」にあったようなおまけシナリオを充足し、やりこみたい人が長時間遊べるようにする事である。勿論、ユーザー全員にそれを望むのは難しいので、やはり「なんとなくとっておきたい」という理由を産み出す要素も大切である。プレステの電源を入れておくだけで勝手に画面内でドタバタ掃除をしてレベルが延々上がっていく”まるちっち”など、どうだろう。オンメモリ動作でCDドライブが痛まないない仕様にしておけば好評だろう。
     また、声優も大事な要素である。無名でも構わないからイメージに合った上手な声優を配役しないと、単なるマニアのファンアイテムになってしまい、トータルでの売り上げ減少になってしまう。勿論、来栖川先輩にもキャスティングしなければならない。どんなに音量を上げても聞き取れないくらいのか細い声で収録するくらいの心意気が欲しい。
     ともかく、プレステユーザー括目して待つべし。

    1998/03/21