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お題目:亜生命戦争異聞#14
誰かが生まれる。
誰かが惑(まど)う。
誰かが泣く。
誰かが吠える。
誰かが殺す。
誰かが死ぬ。
誰かが走る。
誰かが誘(いざな)う。
誰かが知る。
誰かが、救う。
都市は全てが人を受け入れるための万全の備えを整えていた。
しかしそれが、ただ一度も人を受け入れることなく打ち捨てられた姿。
その整然とした廃墟、受け入れるべき魂を与えられぬまま死んだ都市は、歴史的な遺物が決して持ち得ることのない悲壮と虚無を兼ね備えていた。
滑り込むようにグリーンヒルへと舞い降りた古池は、視界の一角に見覚えのある建物を捕らえた。
それは一瞬にして視界を走り抜けていく。
苦い感情が脳裏をよぎる。
その瞬間、下層意識が強烈な警告を放った。
何かいる。近づいてくる。
「警告!、変異体が接近中!」
数瞬遅れて、セトの声が届くまでには、下層意識は変異体の位置と数、そしておおよその脅威レベルまで古池に伝えてきていた。
頭のないツチノコの様な、あるいはオタマジャクシと言うべきか。元々は酸素生成用に放たれたものらしかったが、原型をとどめないほど異様な姿に変異している。
脅威レベルが低いはずの彼らは、躊躇する様子もなく突っ込んできた。
「!」
古池が回避の判断を下す前に、下層意識が緊急機動に入った。一気に降下し、寸でのところで変異体を避ける。
メカニクスも下層意識も介さない、生に感じるG(加速度)が心地よくすら感じる。
フレディとミュサ(ミューゼ)も回避行動に入ったのが見えた。
これは、攻撃じゃない。
変異体の行動に古池は困惑した。
攻撃であるなら、敵に最大限のダメージを与え、かつ敵の攻撃から身を守る方法を取るはずだ。だが、変異体達は盲滅法に突撃してくるだけなのだ。
全速力で突っ込んだため減速しきれず、地面や建物に激突し、無残に潰れるものもいる。
およそ攻撃とは言えない、単なる自殺行為だ。
突っ込んでくる理由も分からない。たとえ変異体だとはいえ、彼らが古池らを襲う理由がないのだ。
上空で遭遇した亜生命体には、古池らを捕食対象と見なしていた。それは分かる。しかし、今古池らに襲いかかってきている亜生命体は、元は酸素生成用だ。
捕食機能はなく、そのため縄張りも持たない。
そんな彼らが何故古池達を襲わなければならないのか…
古池の思考は下層意識の警告によって断ち切られた。
驚く間もなく再度の回避機動。今度は急上昇。
整地ブロックを突き破り、ラピス・ヴォラーレ・ラムビリカス(石喰らいミミズ)が飛び出す。既に変異体と化した彼らは、接触したものに見境なく喰らいついている。
古池の下層意識がさらなる警告を出した途端、フレディが荷電粒子弾を撃った。
目の前で閃光が輝き、警備用ドローンが火を吹いて墜落する。
「警戒システムが侵食を受けている模様です。以後射撃フリー。プラントセンターに向かってください。」
セトの緊張した声が届くと同時に、古池の目の前に警戒ドローンが現れた。
下層意識がロックオン警告をがなりたてる。
直上に滞空するドローンはひとまず無視し、古池を狙うミサイルを丁寧に撃ち落とす。
警備ドローンは数回空中で痙攣するような動きを見せた後、自爆した。母艦からの強制オーバーライド信号を受けたのだ。
その後も、変異体達は古池らに引き寄せられるように次から次へと襲いかかってきた。種類も数も増えつつある。
限(きり)がない…
フレディと古池は収束エネルギー弾を放ち、前方の変異体を一掃。グリーンヒルの中心部へと侵入した。
先行して地形マッピングを進めているはずのフランが隠蔽状態(ステルスモード)を解除していないのが気になるが、調べる余裕などない。
ミュサ(ミューゼ)が進攻ルートを提示してきた。
都市に建設されたモノレール沿いを一気に進み中央区画を横断、プラントセンターに至るコースだ。
フレディはすぐさま、古池も数瞬考えて同意した。
ミュサが先導し、更に高度を下げる。
ジャミングを行う筈のフランがいないため、ミュサ(ミューゼ)がルックダウンレーダーを使い、大出力の電磁パルスを放射する。
本来は遠距離策敵用のものだが、最大出力で動作させれば50メートル離れても十数秒でステーキが焼ける。
この高度であれば、地上の亜生命達はその大多数が一時的にせよ機能を停止する。
ミュサ自身でさえ長時間の連続放射は危険が伴う程だ。
亜生命達の攻撃が弱まったところで、モノレール線路と平行して進む。
インゲンス・ムスカ(巨蝿)が文字どおり集(たか)ってくる。
まるで禿鷲(はげわし)の様だ…たしかに、彼らは分解者なのだ。
緊張を強いられている筈なのに、古池はこの連想に笑みを浮かべた。…少なくとも、自分では微笑んでいる様に感じた。
下層意識が後方からの接近物体があることを伝えてくる。
それを視認した古池は、彼らが自らに与えられた能力を最大限に利用している事を知った。
変異体は貨物用モノレールを侵食し、半ば融合した姿で疾走してきたのだ。
『何でもありだな。』
古池はそう思いつつ、一気に減速をかける。変異体が古池を追い越すのとタイミングをあわせて収束エネルギー弾を叩き込んだ。
数瞬の後、変異体は内部からの圧力で爆散する。
砕け散る変異体の姿が、古池に惑星アヴァロンの姿そのものを連想させた。
もし、変異体が中性子爆弾を侵食したら…
恐怖と悲しみが古池の心を締めつける。
急がなければならない。
何としても、破滅を回避しなければならない。
官庁街になるはずだった中央区画に近づくに連れ、周囲の様子が変化してきた。
ほんの数カ月前に建てられた筈の建築物が無残に朽ちている。
その原因は、目の前に建つビルに喰らいついていた。
スコプルス・ヴォラーレ・コンチャ(岩喰貝)。みてくれは殻付きの海牛か何かに見える。
本来ならば、土壌を生成する前段階として、岩を喰らって擦り潰しミクロン単位の岩、つまり粘土として排泄させる為のものだった。
それが今はビルに取り付き、コンクリートを貪り食っている。
確かに亜生命達は制御を失っている。
だが、彼らは決して異常な行動をしているわけではない。ラピス・ヴォラーレ・ラムビリカス(石喰らいミミズ)も彼らも、単に岩より魅力的な餌を見つけただけのことだ。しかし…
スコプルス・ヴォラーレ・コンチャ(岩喰貝)は、突如として足腕を振り回し、古池らを目がけて落ちてきた。
これが敵意なのかどうかは分からない。しかし、結果として攻撃されている事には違いない。
彼らには古池を襲う理由がないにも関わらず、である。
何か理由があるはずだが、その調査は、今となっては母艦に任せるしかない。
中央区画に入ると、いきなり視界が開けた。
周囲のビルが根こそぎ薙(な)ぎ倒され、鉄骨とコンクリートの荒野になっている。
崩れ落ちたビル群の中に一つだけそびえるビルの残骸。それが視界に入ると同時に、セトと下層意識が同時に警報を発した。
「前方に何かあります。最大限の警戒を!」
何が一体…
そのビルの残骸から、ガレキが飛び出してきた。
「な、に?」
驚嘆の溜息がこぼれた様な気がする。
感じることはできなくても、体はそう反応したはずだ。
数トンはあると思われる、車ほどの建材の塊が、目の前を軽々と舞っている。
慣性制御かと訝しむ間もなく、それはまっすぐに地面に落ち始めた。
すぐさま回避機動をとる、が、瓦礫(ガレキ)は古池の遥か手前の地面に激突し、粉々に砕けた。
驚いて、確認する。様々な感覚器官によって生み出された明瞭すぎる視界が、逆に古池から距離感を奪っていたのだ。
「古池博士(せんせい)?」
心配そうなセトの声が響く。思わず苦笑する。
古池が体制を立て直す間にフレディが先行し、火山弾の如く瓦礫を噴き出し続けるビルの残骸に攻撃を加える。
ミュサはそれと同時に残骸の内部を探測。叫ぶような一言だけが届く。
「中!」
指示か結論かは問題ではない。
それだけで充分だった。
フレディの援護射撃の下、懐に潜り込むように一気に接近した古池が、最大出力の収束エネルギー弾を至近距離で叩き込んだ。
生のエネルギー数ピコグラム分にも相当する熱量の槍は、周囲の全てを熔かし電離させながら突き進み、残骸を切り裂き、その奥に潜む何者かに一撃を加えた。
ビルの残骸が、剥がれ落ちるように崩れ去る。後退する古池の眼前に、巨大な何かが現れた。
フレディも、ミュサも、古池ですら、一瞬忘我として『それ』を見つめた。
ビルほどもある『それ』は、昔見たSFX黎明期の番組に登場する怪物を彷彿とさせた。
…インマニス・インソレンセンティス(巨大変異体)。
呆然とする古池らをよそに、下層意識と母艦の電脳は冷静にその正体を見極め、対処を始める。
意志とは無関係に後退する機体。
「駄目だッ!」
我に返った古池は母艦の指示を無視(オーバーライド)し、インマニス・インソレンセンティス(巨大変異体)に再度の攻撃を始める。
このままインマニス・インソレンセンティス(巨大変異体)がテラフォーミングの中核をなすグリーンヒルを荒らし回れば、アヴァロン計画は回復不可能なダメージを受けかねない。
それだけは何としても避けなければならない。
「博士(せんせい)、無茶です、迂回してください!」
セトの懇願するような声。
『さあ、眠らせてみろ!』古池は内心叫んだ。
これほど切迫した状態で機体の制御を下層意識に代行させることは、古池自身の死につながり兼ねないことは母艦(マザーシップ)側も分かっている。
だからこそ、母艦(マザーシップ)は手出しできないのだ。
「探測結果。目標は群体です。変異体の結束肢(ノード)が個体を集合させています。結束肢(ノード)か神経節を重点的に攻撃してください。」
ミュサが探測結果を伝えてくる。
母艦(マザーシップ)側が、事実上古池の行動を黙認した訳である。
古池自身は自分の決断が正しいとは思ってはいなかった。
最重要目標はあくまで中性子爆弾である事に変わりはない。タイムスケジュールの遅延、問題発生可能性の増大。この行動から引き起こされるリスクは、数え切れない。
しかし、このまま看過することも出来ない。
そして…
人間なら、伸ばした自分の手すら見えなくなる程に立ち込める土煙。
崩れ落ちるビルの残骸と瓦礫の雨。
その雨をかいくぐり、インマニス・インソレンセンティス(巨大変異体)に攻撃を加え続ける。
撃てば、答えが得られるような気がしているからだ。
有り得ぬはずの事態の答えが。
亜生命達の、襲い来る理由が。
古池の全身を駆け巡るアドレナリン。全てが研ぎ澄まされた感覚の中で、どこかが醒めている。
うなされるような興奮と、もの悲しいまでの冷徹に満たされ……気がつくと、古池は泣いていた。
涙は、まだ熱かった。
では、次回の更新をお楽しみに。
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