04/15
お題目:亜生命戦争異聞#19
約二週間ぶりの更新であります。うう、なんだか忙しいと言うか、なんというか。野暮用と言うか、そんなのがぽちぽちと………。
今月末、4月28、29日に大阪ビジネスパークで行われるiWeek 2002に参加するための色々が、これがまた色々ある訳ですが、ここのところがゴニョゴニョと(笑)。
例によって例のごとく、バカムービー研究会として参加いたしますので、御用と御急ぎでない方は、気が向いたら足を御運びくださいませませ〜。
んでは、亜生命戦争の第19回です。
■
委員の部屋を辞すると、ロブは自分をハッキリさせるように頭を振った。熱よりも酒でクラクラしているらしい。
「しかし、あの爺どもの酒好きには恐れ入るね。」
「まったくだ」。友人のぼやきに古池は同意した。
ロブはそこでもう一度ため息をつく。
「で、フル、少し時間は空いてるか?」
「空いている、と思う」。古池は時計を見ながら答える。
「それじゃ丁度良い、ちょっと研究室まで来てくれないか?」
古池は楊(ヤン)の凶暴なほほえみを一瞬垣間見たような気がしたが、とりあえずロブに付いていくことにした。
前回フレディ以外は誰も居なかったロブの研究室は、いまは十数人のスタッフたちが気忙しげに働いていた。
ロブは研究室に入るなり、数人のスタッフに取り囲まれ、鼻をすすりながら指示や修正すべき部分の指摘をしていった。
古池自身を含めても十人もいない、のんきな自分の研究室とは大違いである。
研究室の奥にあるロブの机。
広さでみると古池の机の倍。その上に載っている書類の量も倍である。
「今から見せるのは、あくまで現時点での数値モデルだ。」
ロブはそう言いながら、書類の束をかき分けるとノート端末を取り出した。
「えーと」
そう言ったのはいいが、ロブの動作が突然止まった。
キーボードの上で、指が何がを探すようにゆらゆらと動いている。
「…どうした?」
この時代にあって、ロブは奇跡的なほどの電脳(パソコン)音痴だ。
タイプライターやビデオのリモコンは操作できるのに、どういうわけか電脳だけは操作できない。
その仕組みや構造は理解しているのだが、ロブにとってOSというのは途轍も無く反りの合わないものらしく、操作で詰まると面白い動きを始める。
ここに古池の研究室の三倍近い人数がいるのもこれと無関係ではなく、実際このうちの何人かは電脳の専任オペレータなのだ。
「いやその…」
ロブはしどろもどろになりつつ、おそるおそる幾つかキーを叩き、そのたびにエラー音で驚いた。
その後しばらく頭を掻いたり、操作手順を思い出すように空中に指を舞わせていたが、古池の方がしびれを切らして助け船を出した。
「まずパスワードだろ。」
ロブは驚いて古池の顔を見ると、決まり悪そうにはにかんで笑った。
「そうだったな。」
パスワード入力を数回失敗させたり、途中で研究員を読んで手順を聞いたりして、ようやく目指す画面にたどり着いた。
「さて、随分と前置きが長くなっちまったが、これがそれだ。」
古池はノート端末の画面の中を見た。
細胞を模したような球形が画面に表示されている。その周囲には無数の数値が躍っているが、何を表すのかさっぱり分からない。
「なんだこれ?」
「これは…」と、咳き込むロブ。ダンツ委員の部屋を出たときより、顔が赤くなっている。
「おいおい、大丈夫か?」
ロブは口には出さず、手で『大丈夫だ』と言いたげな仕草を見せる。
「いや、済まない。改めて説明しておこう。これは、この前、フル、お前からもらった量子電池のデータを元にして設計した量子電池型電子回路式人造疑似細胞の数値モデルだ。」
「量子電池型……人造細胞?」
古池は驚いてノート端末の画面を覗き込んだ。
しかし、画面に映し出される式やグラフ、化学式、数値の意味が分かるわけでもなく、ため息をついて頭を振った。
「うーん、俺にはやっぱりこう言うのは門外漢だよ。」
「お前の量子電池あったればこそだ。」
「しかし、人造細胞とは思い切ったもんだ。よく委員会が通したと思うよ。」
左手の人指し指を左右に振って古池の言葉を遮るロブ。
「ちっちっち、正しくは人造疑似細胞、もっと正確に言うなら疑細胞型オートマトンだ。人工生命って訳じゃないよ」。ロブは画面上の球体の中央にある白い丸を指さした。
「この核に相当する部分にDNAベースの分子コンピューターはあるが、ここのDNAは蛋白合成に関わらない。擬細胞体の構造維持や情報伝達のための物質合成に使われる蛋白質は、こっちの小核のDNAで行われる。」
「分裂したりするのか?」
「構造の維持やある程度の修復、行動はできるが、自己複製は、行うことは出来るが生きることは出来ない。」
「どういう事だ?」
「フル。お前さんの量子電池だよ。この擬細胞型オートマトンは、自己の運動や物質の生成に必要なエネルギーを量子電池から得ている。自己複製、つまり擬細胞体が、本物の細胞のように分裂をしたとしても、量子電池は分裂しない。最初から組み込まれただけのものしかない。だから、分裂した側のどちらかは自分自身を維持する代謝の為のエネルギーを確保できない。機能停止する事になる。」
「死ぬわけだな。」
「まあ、生き物に例えればな。」
「生命でないとしたら、これは何になるんだ?」
「量子電池型電子回路式人造疑似細胞」
古池は壁際にあった折り畳み式の椅子を一つ拝借して座る。
「これが量産されるようになったとき、どう呼ばれるようになるんだ?って事だ。」
古池の問いかけに、ロブはしばし頭をひねった。
「普通の細胞と同様の代謝は行うし、自己修復もするが………しかし、自己複製は出来ない。自分自身で活動を維持し続けることも出来ない。量子電池にも寿命があるからな………人造ではあるが、疑似生命と言うわけでも、人造生命でもない。」
腕組みをしていた古池は、研究員から勧められたカップを手にとり一口すする。
ロブのことを気遣ってか、暖かいレモネードだった。
「para(疑似)でもpuseudo(偽)でもない………sub-lifeってとこかな?。」
「何?」
「subはsuper(超越)の反語だ。フルに分かりやすく言うなら、『半端な生命』ってのが一番近いかな?」
聞き直した古池に、ロブはそう答えた。
「……亜生命、か?」
「亜生命…、うん、そうだな。亜生命だ。」
古池はノート端末の画面を見た。
画面の中央に浮かぶ球体は、その状態を刻一刻と変化させ、目まぐるしく数値を変化させ続けている。
やがて、一つの数値が0を指し示し、球体全体の色調が青から紫へと変わる。色の変化はやがて赤黒い色となり、『シミュレーション終了』の文字と共に全てが止まった。
「おい、止まっちまったぞ、ロブ。」
「ええ?!」ロブは驚いておそるおそる画面を覗き込む。
画面を確認して、それが自分の予想していなかった問題ではないことが分かった様だ。安心した様に答える。
「ああ、シミュレーション終了だ。これは、量子電池が停止したんで、代謝が維持できなくなったんだな。」
事も無げにそう言って、今度は自分で操作しないで助手を呼んだ。
助手はこう言ったことにすっかり慣れているようで、ノート端末を手際よく操作していく。
「だいたい、どれくらい保つんだ?」
「えと、亜生命の動作時間かい?、完全に量子電池の寿命と一致しているから、いまの段階で最大二年ってところだね。」
ロブは古めかしい紙のノートを開くと、『亜生命』と書きつけた。
「うん、亜生命か。いいな。こっちから出す書類もこれから全部『亜生命』で統一するから、古池の方もそうしておいてくれよ。」
古池は驚いた。
「おいおい、口から出任せみたいな思い付きだぞ。それでいいのか?」
「短くていいじゃないか。『量子電池型電子回路式人造疑似細胞』だの『疑似細胞型オートマトン』だの、長ったらしい正式名称を一々書いていられるかよ。」
「なるほど」古池は苦笑した。
ロブは激しく咳き込むと、鼻をかんだ。
「うう、ちょっと薬が切れてきたみたいだな。」
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫になるように、今日はもう帰るよ。」
「それがいい。」
机の脇にあるハンガーからコートを取ったロブは、それに袖を通しながら、助手達に指示を与える。
古池も飲み止しのレモネードを全部飲んでしまうと、カップを洗い場に戻す。
「数値モデルでのシミュレーションがもう少し進んだら、こっちから量子電池に関する要望とか、そんなのを出しておくよ。」
「頼むよ。」
研究室を出たロブは、早々に退散していった。風邪がかなり辛いらしい。
古池は自分の研究室に戻る間、今日見せられた『それ』について考え続けた。
亜生命。
今日見たそれは、まだ端末の中でデータとしてだけ存在するものに過ぎない。
果たしてそれが実現するのかどうかも、古池は疑問を持っていた。
しかし、それが、もし……
もし……
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ようやく『亜生命』が……書きはじめて一年掛かって、遂にと言うか、ようやくと言うか、なんとかその姿を現し始めました。
しかし物語はまだまだ道半ば。気長にお付き合い頂ければ幸いです。いやホントに(汗)。
では、次回の更新をお楽しみに。
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