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お題目:亜生命戦争異聞#23
今週末はー、レヴォなんですよー。
例によっての『兄君さま詰所』で待っているのですよー。うにゅー(規定種目)。
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では、亜生命戦争異聞の23回です。いよいよ宇宙空間へと出てきた例の一味(笑)ですが、はてさて、これからどうなることやら………
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「いい気なモンだな。」
フンと鼻を鳴らして、ロブは古池に資料ボックスを半分押しつける。
ふわりと浮いた荷物を慌てて受け取る。重力は約半分だが、慣性が減るわけではない。
受け取った荷物に押されて、よろける古池。
二人で、回転方向を打ち消す方向に歩く。歩く程度の速度では体重は数百グラムも違わない。しかし、それでも心持ち軽くなったような気分は味わえる。
「呼び出されたグランドカンファレンスは三つ、研究発表を求められた小委員会は二つ、委員会のお偉いさん方への説明で合計六つだ。」
「持ち時間は何分?」
ロブは眉間に皺を寄せながら器用に笑って見せる。
「クラーク議長の目の前で九十分、あとは始期テラフォーミング作業分科会で六十分。あとはざっと流しただけ。全部やってたら、ステーションから帰るのが来週になったところだ。」
「ま、そんなところか。」
「随分簡単に言ってくれるね?」
「お前と一緒になって、眉根を揉んで悩めって?」
重い紙のかたまりを軽く投げ上げて一瞬宙に浮かせたロブは、それを姿勢を直して受け止め直す。
「それはお前の専売特許だろ?、古池(フル)」
「バイロンか誰かが言ってるだろ?、青年は悩み多き存在なのさ。」
ロブは思いっ切り吹き出して笑い始めた。
「青年ときたか、こりゃ一本取られたね。」
やがて宿舎となっているホテルが近づいてくる頃、ロブは足を止め、ぽつりと呟いた。
「やっぱり転属はしないのか?」
古池も足を止めて、ロブを見た。
「ああ、量子電池の件は、ナノマシン開発の過程で出てきた副産物みたいなものだ。理論はずっと前からあったし、俺が最初に作ったわけでもない。」
ここまで言って、息をついた古池は、コロニーの『壁』側の林を見る。
「正直なところ、華やかな舞台は俺には似合わないし、好きじゃない。何より、俺はああいった世界に二度と足を踏み入れたくないよ。メカトロで気楽にやりたい。」
「だけど古池よ。」
「分かってるさ。でも、俺はあんな思いだけは、二度としたくないんだ。」
古池は空を仰ぐ。青い空の代わりに目に入るのは、天に張り付いた家や林、道路。そして人々。
かつての記憶が苦痛になって古池の胸を刺す。奥歯をかみしめる。
「京子(キョーコ)さんの事か。」
しばらくあって、古池は応えた。
「ああ。」
ロブは何か言おうとしたが、結局黙って古池の方を見た。
古池は寂しそうに天に向かう道路を見ている。
学会(アカデミー)に所属していた頃、そして二人でこのステーションに滞在していた頃、新しい生活を切り拓こうとしていた頃……
そんな、古池にとっての夢の残り香が、ここにはあった。
ロブは古池の方を見ないで言う。
「もし、お前の気が変わるようなことがあったら、言ってくれ。」
「わかった。ありがとう」古池もまた、ロブの方を見ることは無いままに応えた。
それから二人は言葉をかわすこともなく、ホテルのフロントまで歩き続ける。
フロントには、ロブの助手が待っていた。
古池は、その助手、いつも研究室で顔を合わせるのだが、まだ名前の知らない青年にその荷物を渡すと、自室に戻ろうと階段へ向かう。
「おい!、古池!」
呼び止められ、振り向いた古池に、ロブは紙に包まれた何かを投げる。
「クラーク議長からお前にだとさ。」
「クラーク議長から?」
驚く古池に、ロブは口をへの字にして渋面をつくってみせた。
「酒、だとさ。」
古池は顔全体で苦笑する。
「酒、か。」
「酒」
二人は顔を見合わせて吹き出した。
古池らが委員会のシャトルで第一旅客ステーションを飛び立ったのは、それから二日経ってからだった。
この三日間、ひたすらに小委員会やカンファレンスに引き回されたロブは、文字通り精も根も尽き果てたらしい。
加速後に訪れる無重量の高揚も無くただシートの中で眠りこけ、両手を柳の下に住まう幽霊のように浮かばせてたゆたっている。
一方、古池はといえば、窓の外に見える巨大な月に心奪われている。
軌道ステーションからさらに外軌道に出たのは初めての古池は、さらに生まれて初めて月の裏側を見るということもあり、まるで初めて遊園地に訪れた子供のような高揚を感じていた。
「おお!」
シャトルの窓に顔を押しつけて月を見ていた古池は、その視界の端に、月を取り巻くきらめく光の粒を見つける。
それは自動運搬シャトルによって小惑星帯から運び込まれた資材隕石群。
暁境界線上の光と影の月面を、赤道線に沿って南北に分かつ光の一線に、古池は心奪われ、その光景を見つめ続けた。
数時間の後、シャトルは機体首尾線を反転させ、0.1Gという惑星間空間航行としてはかなりの加速度で減速を始める。
全てのものがシャトルの艦尾方向に、つまりエンジンブロックのある後方へと落ち始めるが、古池はそれでも窓から離れず、その光景を見つめ続ける。
やがて、今は満月の位置にある月の裏側、真っ暗な月の影にあるはずのラグランジュ3に中に、何かきらめくものがある様に見えた。
しばらくすると、それは宇宙空間の鋭さを秘めたギラリとした反射光にかわる。点にしか見えなかったそれは、鋭角を持った何かの形を持ち始める。
………細い光の糸につながれた、二つの箱。時に反射光を放って目を刺し、次の瞬間には深遠の闇に溶け込む影となり………
細い細い柱につながれた、幾つもの箱。その箱の表面に並ぶ光の点。
何か見覚えのある箱の形状。艦首と艦尾。
艦尾のエンジンブロックは半分以上が推進剤(プロペラント)タンクなのだろうか。エンジン本体らしい角ばった箱の前に、角をそぎ落としたような円柱が、細い糸、いまは太さを増して真っ黒な割ばしに見えるそれが幾つもくっついている。
「ありゃ………」
溜息とも呟きともつかない古池の言葉。
確かに『それ』を見たことがあった。
古池はそう断言できた。
2年前、『象牙の塔』のあの部屋で。ダンツ委員の、あの部屋で。
機体中央部の支柱らしき部分以外になにもないところを除けば、あの姿はまさにダンツ委員の部屋で見たVRそのものだ。
はじめてあのVRを見たとき、あれは航宙艦のモデルを継ぎ接ぎしたものだと思っていた。
だが、実物を見てはじめて分かった。航宙艦はまさにあのVRモデルそのままだった。
「予算の関係でね。」
後ろを振り向くと、いつのまにかダンツ委員がシートに身体を預けて古池の方を見てた。
隣に座っていた委員会の誰かと席を代えてもらったらしい。
「まあ、有り物をツギハギしてつくれば、安くし上がるだろうって。」
ストロー付きのボトルから、ちょっと何かを飲んで、ダンツは続ける。
「どの国も、費用のかかる航宙艦を維持するのは、仲々に難しかったっていうのが素直なところだろうね。誇りじゃ予算は組めなかったって寸法だよ。」
古池はダンツの声に耳を傾けながらも、もう一度航宙艦の方を見る。
シャトルが接近するにつれ、航宙艦は加速度的にその大きさを増してきている。
VRモデルでは見えなかった細部が、次第にはっきりしてくる。
一番大きなブロックは、ロシアの『エカチェリーナ二世』、古池が見ている方向で言えば下の方に見え隠れするのは中国の『万里』だ。
アメリカ、EU、日本、オーストラリア………世界の主要国が旅客用として就航させていた航宙船を、アヴァロン開拓用の航宙艦の為に提供している。
結局のところそれは、各国が抱える金喰い虫である大型旅客航宙船を体裁の良い方法で処分し、同時にアヴァロン委員会への発言力を強化したいという一石二鳥を狙った露骨な行動に過ぎない。
しかし、委員会はそれを逆手にとって短期間かつ安価に航宙艦を完成させることができたわけである。
目の前で次第に視界を埋め尽くしつつある航宙艦は、その巨大さを次第に明らかにしつつある。全長は第一旅客ステーションと同じか、それより長いに違いない。
かつてダンツの部屋で見たVRから想像した大きさに比べれば、遥かに小規模なものだ。しかし、『実物』の持つ存在感は、VRとは比較にならない。
うっかりすれば、息をすることすら忘れそうな圧倒的な光景を前に、古池は大きく深呼吸した。
「圧巻ですね。」
ダンツは、ポケットから小さな銀色のかたまりを取り出すと、古池に渡す。
よく見ると、銀紙に包まれた、瓶型のチョコレート。ウィスキーボンボンだった。
「祝杯を揚げよう。」
そう言ってダンツはウィスキーボンボンを一つ口に入れた。
さすがのダンツも、シャトル内でウィスキーを飲むわけには行かなかったらしい。
もらったボンボンの銀紙をとり、銀紙の方は『ライフジャケット』と呼ばれているオレンジ色のチョッキの、たくさん付いているポケットの一つに入れた。
この様なシャトル内では、ゴミの飛び散るのを防ぐために、搭乗者全員にこのジャケットを着ることを義務づけている。
もちろん他にも理由はあるが、もう一つの機能が働くとき、着ていた人間は既に死んでいるだろう。
古池はボンボンを口に入れ、噛み潰す。
驚くほど熱い液体が喉を焼き、むせそうになった。こういった低重力でむせるのは、時として命に関わる。
ダンツは咳き込む古池を見て驚いたようにハンカチを取り出す。
古池が受け取ったそれは、いつも自分が使っているような使い捨ての不織布ではなく、銘の入った絹製のものだった。
こんなのを使っていいのだろうかとか思いつつ、口に当てる。
咳は程なく収まった。
改めて、古池はもらったボンボンを見る。
ダンツの持ってきたそれは、ウィスキーボンボンというより、ウィスキーそのものをチョコでコーティングしてある程度に近かった。
低重力の軌道ステーションでもアルコールの販売は厳しく制限されているが、航行時間のほとんどを無重力で過ごさなければならないシャトル内では、飲酒は厳禁事項の一つだ。
ダンツのウィスキーボンボンは、その規約の裏を見事に掻いてみせたわけである。
「本部調理部の特製だよ。」
古池の方を見たダンツは、いたずらっぽい笑みを浮かべて、ボンボンもう一つ口に入れた。
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さて、随分長い間かかりましたが、ようやく話が動き始めますよ。今までいろいろと引いてきたつもりの伏線やらナニやらが、うまいことまとまってくれると良いのですが………。
ではでは、続きは次の講釈で………
では、次回の更新をお楽しみに。
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