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お題目:亜生命戦争異聞#33
亜生命戦争異聞の33回目です。
うおー。もうちょっとー。
うはははは(笑)。
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古池は、ダンツの見舞いの後、一つだけ間違いを犯した。
ついうっかり、クラーク議長の前で、前回呑んだときの話をしてしまったのである。
結局、クラーク議長に引き回され、夕方、研究棟の近くの焼鳥屋からはじまり、翌日の早朝、厚木飛行場のある大和に至る、遠大なハシゴに付き合わされるハメになった。
サンバーグ部長は別件の打ち合わせがあるということで、この拷問から脱出し(サンバーグ部長もひどい目に遭ったことがあるらしい)、根っからの下戸だったコスナー部長はひたすらチーズとサラミなどのツマミを食べ続けていた。
昼頃、国際空港のある大阪に向かう便に乗ったクラーク議長は、どこをどうみても朝まで浴びるように酒を飲んでいた様には見えなかったが、それを見送ったはずの古池には、その事もどうやって自宅に帰着したのかも、ほとんど記憶に残っていなかった。
その翌日は古池は強烈な吐き気と頭痛に悩まされて布団から抜け出すこともできず、ようやく調子を取り戻したのは、現場検証も終わった三日目になってからだった。
頭からメタノールを追い出すことには成功したものの、胃にこれ以上ない不快感が渦巻き、それを胃薬で無理やり抑え込んで研究室に向かう。
研究室では、オーバルをはじめとしたいつもの面々が、数日ぶりに顔をそろえ、ダンツの容体を気遣ったり、事件に関する噂を交換したりしていた。
しかし、胃の不快感の中で気がつかなかった事を、古池は昼になって気がついた。
楊がいない。
研究員たちに聞いてみても、楊からの連絡は無かったらしい。
胃をさすりながら端末に向かい、メールを確認してみたが、楊からのメールはなかった。
楊が連絡無しに休むのは、もしかしたら、この研究室に来てから初めてなのではないだろうか?
連絡を入れて休みの理由を確認すべきか考えた古池だったが、ダンツの一件でかなりショックを受けていた様にも思え、今日はそのまま休ませる事にした。
しかし、翌日になっても、楊からの連絡はなかった。
常日頃、几帳面という言葉を額に入れて美術館に飾っているような楊としては、これは異常事態と言ってよかった。
古池はとにかく楊の私用アドレスに連絡を入れる事にした。
ところが、連絡を入れようとした端末の画面に現れていたのは思わぬ内容のメールだった。
それによれば、楊はダンツの入院した病院に行った翌日、自分も倒れて救急車で病院に運ばれていたというのだ。
メールは、病院内から書かれたものらしい。救急車で運ばれていくとき、メッセージパッドを持っていくほどの余裕も無かったのだろう。
とにかく、研究室の実作業ほとんどを一人でこなしている楊の入院は、古池にとっても一大事だ。
オーバルらに楊が入院したことと、その見舞いに行くことを伝えて、研究棟を出てすぐタクシーに乗った。
楊が入院している病院は、楊の住んでいるところから程近い最近建て替えが行われたばかりの病院だった。
受付で楊の事を訪ねると、驚いたことに楊はダンツ委員と同じように、個室に入院しているという。
やる事はデカイが困窮窮まるアヴァロン委員会の、一研究室に勤める研究職員が、個室に入れるだけのサラリーを貰える訳がない。
少なくとも古池のサラリーでは、入院したとしても、大部屋に詰め込まれるのが関の山だ。そうなると、楊の実家は、それ相応のところなのだろう。
彼女が研究室に入ってもう何年になるか。そういえば、今まで研究室にいる以外の楊の姿は、想像したことも無い。
そんな事を考えつつ、病室に入った。
楊は、眠っていた。
容体が良さそうには見えない。正直なところ、見舞いに行ってひどい目に遭ったダンツ委員よりも顔色が悪く見える。
息は浅く、速かった。
古池は病室を出て、ナースステーションに向かった。
そこで捕まえた看護士に、楊の容体を訪ねる。
「楊さんのご親族の方ですか?」
そう訪ねられた古池は、自分が楊の上司である事を伝えた。
看護士は大きめのメッセージパッドを取り出し、それを見た。
カルテ用のものらしく、病院の名前が書かれている。
「もうそろそろ先生の巡回がありますので、それまでお待ちいただけますか?」
古池が同意すると、看護士はナースステーションの奥にある端末に向かった。
程なく、医師らしき男が、助手を引き連れてやってきた。
頭を下げた古池に、医師は前振り無しに話し始めた。
「彼女のご親族への連絡先をご存じですか?」
古池は、驚いて聞き返した。
「誰も……来ていないのですか?」
医師はメッセージパッドを操作して内容を確認した。
「まだ、誰もお見えになっていません……」
古池は、研究室に残っていたオーバルと連絡を取り、人事課を通じて楊の実家への連絡先を確認するように伝えた。
そういえば、オーバルが自分の下宿に帰るのは一週間に一回か二回くらいだ。
いままで、そんな事を気にしたこともなかったのだが。
やがてオーバルが伝えてきた連絡先を聞き、古池は驚いた。
楊の緊急の連絡先として教えられたのは、オーストラリアの領事館だったのだ。
「私たちも驚きました。連絡先が連絡先なので、こちらもどうすればよいのか迷っていたのが正直なところです。それに……」
医師はそこで口ごもった。
古池には、詳しいことはまたよく理解できなかったが、少なくとも楊が個室に寝かされている理由だけは理解できた。
「何はともあれ、まず連絡することにしましょう。」
助手と看護士にメッセージパッドを渡して、ナースステーションに向かった。
領事館の対応は驚くほど素早かった。
連絡を取った数時間後には、領事館の職員が病院に現れた。
職員は、医師から楊の詳しい容体などの説明を受けるために、応接室に入っていった。
古池は、その間、特に何もする事がなく、看護士の勧めもあって、楊の病室で待つことになった。
女性の寝顔を拝み続けるというのは、なんとも気まずかったが、その浅く速い呼吸は、見守り続けなければ砕け散ってしまいそうな、危うげなものを感じさせた。
結局、医師と領事館職員が再び病室に現れるまで、古池は楊のそばから離れられなかった。
領事館職員は、古池にまず謝意を伝えてきた。
連絡があと半日遅れたら、彼女は危険な状態になったという。
四日酔いのおかげで、連絡が一日遅れたとは、とても言えない状況だ。
次に職員は、彼女を一度領事館の近くの病院に移送する旨を伝えてきた。
古池が理由を訪ねると、職員は、彼女の身元引受人が、オーストラリア領事館そのものであるためだと答えた。
何か、分かったような分からないような理由だ。
職員は、古池の同意を得るのもそこそこに、正式な確認は後ほど、と言って、医師と搬送のための詳細を話し始めた。
古池は、こんどこそ居場所をなくして、まだ目を覚ましていない楊に一言挨拶すると、病院を後にした。
戻ってみると、オーバルらは帰宅したか、飯でも食いに行ったか、バイトに行ったかで、どんな理由にせよ、研究室には誰一人残っては居なかった。
部屋の隅を見ると、ごみ箱が捨てられた書類などで一杯になっている。
楊がいたときは、ごみ箱がこんな状態になるなどという事は、ただの一度もなかったのだが。
大きなゴミ袋を探し出し、ごみ箱のゴミを移したりしていると、誰かがドアをノックしていた。
フレディだろうか、そう思ってドアを開けると、そこには、研究棟の女性職員が幾つも封筒を抱えて立っている。
女性職員は、持ってきた封筒のその内の一つを、名前を確認してから古池に渡してくれた。
古池がその封筒を見ると、委員会が正式な辞令を出す前によく送ってくる仮書類が入っているのが分かった。
ダンツ委員を見舞いに行ったとき、コスナー部長が言っていた『辞令』に違いない。
満杯になったゴミ袋を研究室の入口の脇に置いた古池は、自分の机に戻って封筒を見つめる。
はてさて、どんな『重要な辞令』が入っているのやら。
ここ数日で起きた、様々な出来事は、何もかも予想外のことばかりで、古池もいいかげん疲れ始めていた。
まあ、これ以上何が起こっても驚かないさ。
そう思って、封を切る。
中に入っていたのは、いつも通りのプリントアウトされたペラ紙で、特に変わったところもない。
重要な辞令というから、金縁でもついているのかと思ったのだが。
取り出した紙を溜息混じりに読む古池。
「えーと、なになに?、仮辞令」
大仰に声に出して読んでいた古池だったが、途中でその声が止まった。
いつもと変わらぬペラの仮辞令には、こう書かれていた。
アヴァロン・テラフォーミング計画現地派遣要員に任ずる。
では、次回の更新をお楽しみに。
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