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お題目:亜生命戦争異聞#36(最終回)
いろいろありますが、イロイロです。ばふー。
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と、いうわけで、突然ですが亜生命戦争異聞の最終回です。
突然終わるのはいろいろ理由があるのですが、人が描けていないというのが最大の理由です。この亜生命戦争異聞のような、SF的な設定が適当なスペオペの場合、人が魅力的でなければ面白くないわけで、そういったものを長々と続けていくのはアレだなぁ、とか、4年も続けてまだ半分ちょいだとか、十年以上前のゲームの小説なんて、誰が読んでるんだ?、とかいろいろ思うところがあって、今回でなんとか終わらせようという事になりました。
しかし、多少なりとも時間をかけて続けてきたわけですし、一応結末まで、プロットその他はちゃんと出来ていたんだぞ、という事を見てもらうために、今回メモ書きのものをまとめて掲載することにしました。
一部解決していない伏線やらなにやらがありますが、そのあたりは、適宜脳内補完して頂ければ良い感じです。
では、はじまりはじまり〜。
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□□6:
委員会へ、アヴァロンへ向けて発進した新型準光速無人探測機に起こった奇妙な現象が報告された。新型探測機は、航行のための動力として、物質・反物質反応駆動機関(MAMRE)ではなく、クラーク議長が開発したC(クラーク)機関が実験的に搭載されていたが、これを搭載した探測機のうち数機が、通常では考えられない異様な赤方変移を起したのち、消息を絶ってしまったのだ。
クラーク議長は、その報告を聞き、探測機消滅問題に関する専門チームを立ち上げた。
ロブは、散々むずがったのち、ダンツ委員の補佐、事実上の代行を引き受けた。
引き受けたのちのロブは、積極的に各方面への働きかけや、様々なメディアでアヴァロン計画への協力を求める活動を精力的に行った。
一方のダンツは、移植された補綴用ナノマシンに対する拒絶反応が現れたため、日常生活に支障はないものの、かつてのように世界中を飛び回る事は難しくなった。
そのため、執務室でロブに必要な連絡を行ったり、最低限の、しかし最重要の判断や会談を行うのが主な仕事となり、古池と会う機会が増えた。クラーク議長もまた、古池のいる研究棟に訪れることが多くなり、それは古池が望まない酒宴へ、強制的に参加させられる回数が増えたことも意味していた。
楊は、あの入院以来、休みがちとなった。しかし、仕事に関しては、相変わらず有能で、事実上の週休三日となってしまったにも関わらず、古池の研究室での実務などに問題が出ることは無かった。だが、楊は以前のような明るさの中に、疲れや悩みのようなものを垣間見せるようになっていた。
亜生命の研究は、ロブの研究室を主体として、委員会の全ての研究棟の生化学・ナノマシン部門を統合する形で生まれた「亜生命部門」で行われた。
古池は、数カ月ぶりに再開したロブと共に『亜生命』の試作擬細胞の第一号を見る。
それは、どうみても単なる単細胞生物にすぎなかったが、人間の作り出した『生命を持たぬ生物』に、恐怖に似た心象を憶える。
ロブは再開のとき、古池に何かを伝えようとしたが、ロブの秘書にスケジュールの遅延を伝えられ、そのまま別れてしまう。
数カ月後、古池は恩師北山の死を知る。
古池は、恩師の死に、ついにアヴァロンへの渡航を決意し、ダンツに伝える。
ダンツはこの決意を、まるで予期していなかった幸運が巡ってきたかのように喜び、ロブも同じ決断をした事を伝える。
古池はまた、楊(ヤン)を、アヴァロンへの助手として同行させることをダンツに求める。
それは本人の同意次第だと知った古池は、楊(ヤン)にその事を伝える。
しかし楊(ヤン)は、全てを捨てて、十年以上掛かるアヴァロンへの旅と、その後に控える、いつ果てるとも分からない開拓には同行できないという。
古池は、しかたないと諦める。しかし、楊には、何らかの違和感を感じた。
亜生命の研究はますます加速し、最初の擬細胞を見て半年後には、すでに複雑な機能を有する様々なタイプの亜生命が試作され、数体は、母艦(マザーシップ)内の研究ブロックで量産可能な段階までたどり着いていた。
母艦(マザーシップ)には名前を付けられないことを古池は知る。
あらゆる神話や伝承、歴史などから、様々な名前が提案されたが、結局、何の名前も持たない事になったのだ。
「白紙の惑星には、白紙の船が相応しい」
そう決断したのは、クラーク議長だった。
遂に、先行する観測機に、亜生命や幾つかの植物相構築のための菌種群が搭載され、アヴァロンへと発進していった。
母艦(マザーシップ)もほぼ完成の域に達し、古池は無重量環境への適応訓練を受ける。
慣性制御装置による人工重力場を持つ母艦(マザーシップ)だが、故障した際の対処は必要となるからだ。
研究棟に戻った古池は、ロブと再開を果たす。
しかし、ロブは思いもよらぬ事を言い出す。
「アヴァロン行きを諦めてくれないか?」
ロブは言う
「母艦(マザーシップ)に万が一のことが会ったら、それこそ取り返しが付かない。
亜生命に関する研究の根幹を、お前が担っていることは、分からないはずは無い。
だから、古池、お前は地球に残ってくれ。」
しかし古池はそれを断る。
「研究の全ては楊に託してある。もし、自分が倒れても、なんら問題がない。
そして、逆に、もしアヴァロンで擬細胞に搭載された量子電池に問題が起こったら、それに対処できるのは、自分しかいない。」
それでもロブは古池にアヴァロン行きを止める様懇願したが、古池は最後まで自分の決意を貫く。
ロブは、激昂し、お前との縁もこれまでだと言い放ち、そのまま立ち去った。
それから数カ月は、その事を思い出す暇もないほどの忙しさに見舞われた。
一人の人間が、事実上、地球という星から消え去り、宇宙の別の星に行くということは、それほどまでの重大事だったのだ。
家を引き払って、研究棟の官舎に移り住んだ。本その他の個人的な持ち物をほとんど処分する。古池は一つ一つの品々に、様々な思い出を感じる。
しかし、それはこの星に置き捨てていかなければならない感傷だった。
「私は、拘泥していたのではないだろうか?」
北山の言葉が思い起こされる。
亡妻の思い出に拘泥している。古池は自分をそう思う。まだ振り払いきれない何かが残っている。
古池の宇宙行きは、極控え目に発表された。にも関わらず、ここ十年以上、声も聞いたことも無い親戚や、誰か忘れてしまった知人が大挙してやってきた。
これは古池に限ったことではなかったが、委員会はダンツ委員に対して行われたテロ行為を教訓に、母艦(マザーシップ)乗員の安全を最優先に、1日に会う親類・知人の数や、所持品のチェックなどを厳しく行った。それでも、面会担当者の数は膨大なものとなった。
最初のうちは、一人一人に会っていた古池だったが、最後は委員会に頼んで、伝言だけを聞くようにした。
全員に会っていたら、母艦(マザーシップ)がアヴァロンに到着してしまいそうだった。
忙殺という言葉の相応しい数カ月が過ぎ、最後の一カ月は、文字通り何もすることも無く過ぎる。
研究棟での最後の夜、研究室の面々との永遠の別れを意味する宴会の翌日、楊(ヤン)は一人で古池の元を訪れる。
冬の夜、二人で並んで歩く。こんな事は、初めてだった。
楊(ヤン)はそこで、自分がオーストラリア政府が行った、優秀遺伝子選別による超天才育成計画「ジーニアス・プロジェクト(GP)」によって産み出された子供の一人であることを明かす。
ミドルネームのTは、θ(シータ)。つまり8人目の天才児を意味していたのだ。
楊(ヤン)が入院した際、すぐさまオーストラリア大使館の職員がやってきた事の理由がようやく分かった。
彼女は、国家の威信そのものであり、国家の財産だったのだ。
GPによって産み出された彼女(彼)らは、自分達の意思による行動の自由を大きく制約されている。楊が、アヴァロン行きを固辞したのも、そのためだった。
しかし彼女は言う。
「私たちは、自分が持つ優秀な遺伝子を国家のために残す義務と、そのための選択の自由が与えられているんです。」
古池は、彼女の言う意味を掴み兼ねた。
楊は、自らの生い立ちを語る。
遺伝子選択と改変によって産み出された受精卵。そして、代理母からの出産。何千個もの卵子から生まれたのは、たった数十人の子供だった。
その子らも、楊の様に無事成人までたどり着いたのは、二十数人。
養父母は、楊に辛く当ったことはなかった、しかし、楊は彼らにどうしても「家族」を感じることが出来なかった。
彼女は結局「国家から預けられた財産」であり、その扱いはどうしても腫物に触るようなものになってしまったからだ。
十代前半で博士号を取った彼女は、目標も無く、ただ与えられた研究を「こなしていた」が、アヴァロン開拓計画を知り、担当官と掛け合って、身分を隠して委員会の研究に参加する許可をとりつける。
そして配属された研究室でであったのが古池だったという。
最初は、自分が選んだ研究が出来る場所が与えられたことだけで喜びを感じた楊だったが、やがて、それ以上に研究室に愛着を感じるようになった。
古池や他の研究員とのやりとりに、「家族」を感じ始めていたのだ。
そしていつしか研究棟と研究室は、楊にとって住まいとなり、家族になった。
その中でも、古池は特別の存在になっていたという。
ちょっと頼りない父であると同時に、かけがえのない人になったのだ。
アヴァロンへ行くと告げられたとき、彼女は全てを捨てても、古池と共に行ければよいと思ったと言う。
しかし、楊には、自らを地球に縛りつける、もう一つの枷があったのだ。
それはGPによって産み出された子供たちが共通して持つ、特有の遺伝病だった。
この遺伝病の発症と進行を抑えるため、楊はオーストラリア政府から支給される、薬を常用し、定期的な検査を受けることを義務づけられていた。
それなくして、彼女は、数年生き長らえることも出来ないのだ。
だが楊は言う。
「あなた必ず帰ってくると信じてます。ずっと待ってます………必ず、待ってます。
そして、共にある事はできなくても、あなたからの命を宿すことは出来ます。そのための遺伝子を、私に与えてはくれませんか?」
楊は、古池に、そう告げた。
古池は、楊の言葉が終わるまで、だまって聞いていた。そして答える。
「遺伝子銀行に、わたしの遺伝子が保存されている。私の認証を持っていけば、大丈夫だ。コードは……」
楊は古池のコートの裾を引っ張った。
「出来れば、古い方法で……頂けませんか?」
全ては、真摯に行われ、そして楊は、望むものを得た。
古池は翌日、PAS(汎軌道航空宇宙旅客運輸会社)のシャトルの中にいた。
窓から見る地球は、どこまでも青く美しい。
古池は、止めどなく涙を流した。
自分が得るものは、果たしてこの代償より大きいものなのか。
古池は、瞬きするのも惜しく思え、青い球体が小指の先程に小さくなっても、まだ見つめ続けていた。
□□間奏曲
母艦(マザーシップ)からの大規模阻蹇(ジャミング)によって、工業地区の亜生命は、一時的ながらその全てが機能を停止した。
古池らは急ぎ浮上し、工業区画上空で待機する海洋探測艦と接触を計る。
しかし、探測艦は突如として古池らに攻撃をしかけてきた。
探測機器射出用の艦首魚雷・ロケットを撃ってきたのだ。
艦の電脳から情報を得ようとした途端、ミュサが機能不全に陥った。
電脳と接続されている亜生命が、変異体に侵食され、それが下層意識を介してミューゼ(ミュサ)に介入をはじめたのだ。
全力で阻蹇(ジャミング)を行うフラン。しかし、変異体の下層意識はミューゼ(ミュサ)以外の3人にも即応リンクを経て侵食を行おうとしていた。
4人は、意識の混濁と制御の困難な機体という二つの敵に対処しながら、さらに変異体に侵食された探測艦と戦わねばならなかった。
戦闘継続が困難になり、母艦(マザーシップ)は作戦の中断を決断する。
しかし、古池は、意識の混濁の中、あの『声』を聞く。
『声』は待っている。そして呼んでいる。
『声』にしがみつくようにして、意識を集中し、古池はまず艦首を破壊する。
次いで探測ブロックを破壊する。艦の電脳を介した下層意識への変異体の侵食は一時的におさまったが、ミューゼ(ミュサ)は侵食の心理的ショックに耐えきれず、自らの反応炉を暴走させ自爆モードに突入する。
母艦(マザーシップ)は、直ちにミューゼ(ミュサ)に対して全感覚遮断と機体の遠隔操作モードへの移行を強制指示したが、侵食された下層意識は、その指示を無視(オーバーライド)して、自爆シークエンスを継続する。
探測艦からの攻撃も止まぬ中、フランは、ミューゼ(ミュサ)に取り付く。慣性制御機構の干渉が二機の機体を激しく振動させ、一部が破損し始める。
自らに接続された亜生命兵器の、虫のようなランディングギア(腕)をふりまわしたフランは、自らが取り付いたミューゼ(ミュサ)の頭部横にあるレドームと本体(ミュサ)の緊急排除用レバーを引く。
レドームが爆散し、その衝撃でアフラン(フラン)は半壊。機体(ミューゼ)から排除された本体(ミュサ)と共に、海上へと墜落する。
古池とフレディは、急ぎ探測艦から離脱する。
ミューゼは、反応炉内部の反物質を保持する磁力ネットを停止させた。
反応炉の内壁と接触した反物質は、一瞬にしてエネルギー塊となり、周囲の全てを蒸発させる。
無論、探測艦も例外ではなく、その一瞬にして、その姿を消した。
その光芒が、古池には、まるで亜生命達を呼ぶ狼煙のように思えた。
□□7:
目を閉じて、そして開ける。
それだけの事だった。
古池は、人工冬眠を終え、母艦(マザーシップ)の中で目覚めた。
しかし、その目覚めは、予定より数年早いものだった。
「事態は、きわめて重大です。」
艦長のブライザッハと、指揮官であるクレチェフ・別宮(ベック)議長代理が状況を説明した。
聞けば、亜生命の一部が制御を失い、想定外の行動を行っているという。
別宮議長代理は続けて言う。
「グリーンヒルが、亜生命体に襲撃され…正しくは、単に制御を失った亜生命体の行動の巻き添えになったわけですが、開拓要員の一部が、施設内に取り残され、救助を待っている状態なのです。」
要するに、自分は、その専門知識が必要になって、起されたのではなく、救助のための人足として起された事を、古池は理解した。
古池が、母艦(マザーシップ)の展望窓から外を見ると、見たこともない形の大陸に、幾つかの緑の帯が生まれつつある事が見て取れた。
そこにフレディが現れる。フレディは一気に歳をとった感じで、事実古池より5年も前に起きたらしい。ロブは、今は暴走した亜生命を鎮静化させるメッセージDNAを組み込んだウィルスを合成中だという。
そして、あの日以来、古池のことは、ただの一度も口に出した事は無いらしい。
古池は、フレディに地球はどうなっているかと訪ねた。フレディは首を横に振った。
無駄なホームシックを抑えるために、母艦(マザーシップ)は、地球側からのメッセージの受信を極力抑えている。
そして、その情報も一般乗員はおろか、艦長も触れることはできない。
艦内の電脳のみが、その情報を管理し、スケジュールなどに調整をくわえている「らしい」という事だった。
久しぶりの再開を喜ぶ間もなく、母艦(マザーシップ)内でのグリーンヒルの状況説明を受ける古池。
そこで降下のためには、専用の降下ポッドを使う旨の連絡を受ける。
降下ポッド用の格納庫に案内された古池は、そこで見たものに愕然とする。
生き物のような、そうでないような、得体のしれない何かが四体、エンジニアらにかこまれて調整作業を受けていたからである。
別宮議長代理は、これは亜生命体とメカニクスの融合した機体だと説明した。現況のアヴァロンでは、亜生命達の抑制システムがその機能を失っているために、そのまま降下ポッドで降下していった場合、撃墜されるおそれがあるため、同じ亜生命体と融合した、この機体が必要なるとの事だった。
古池は、なぜこの様な機体が積まれているのか議長代理に訪ねたが、議長代理は、なぜか話をはぐらかし、答えようとはしなかった。
基本的な操作の説明を受けたのち(操作と行っても、そのほとんどは母艦(マザーシップ)からの遠隔操作で行われるため、古池が行うのは、せいぜい回避や着陸などの目標地点を示すための視線センサの使い方くらいだ)、亜生命と不可分なほどに融合した異様な機体をあらためて見た。
複合材料の骨格に、超小型の物質・反物質反応炉と慣性制御装置を搭載した機体。だが、その表面は、生々しく、文字通り生物にしか見えない。しかも御丁寧にランディングギアがまるでカエルの足をメカで再現したような構造になっていた。
今回の降下作戦に参加する(させられる)のは、古池の他、生化学者のフラン、艦の通信士官のミュサ、そして、慣性制御システムエンジニアのシャシャルの3人。たまたま凍らされていた人間の中で、重要そうでない連中が選ばれたとも思えるが、古池は、自分が女性の中の『黒一点』である事をしって、なんとも憂鬱な気分になった。
ところが降下当日、ブリーフィングにフレディが現れた。シャシャルが風邪を引いたために、代理でやってきたという。
聞けばシャシャルは、フレディの事実上の奥さんで、今は、住んでいる部屋も同じだという。
ただ、ロブは、この一件に猛反対で、フレディとシャシャルが正式に付き合いだした頃から、フレディを自らの研究室にすら立ち入らせなくなり、今では、ほとんど会話もかわさないという。
宇宙という極限環境では、人も変わってしまうのだろうか。古池はそう思った。
出発前に聞いた話では、この母艦(マザーシップ)の乗員のうち数人が、今は人工冬眠室でひたすら地球へ帰還する日を待っているという。
彼らは、地球から出発した時こそ威勢は良かったが、アヴァロンに到着した頃から主にホームシックによる奇矯な行動が目立つようになり、最後には手に手に訳の分からない薬品などを持ってブリッジに乱入しようとして、保安要員に逮捕されたのだ。
地球への帰還を求める彼らに対し、艦長は無期限の人工冬眠を命じた。厄介ものは凍らせておけ、という訳である。
古池らの降下に先だって、まず、亜生命を沈静化させるコードを含んだウィルスが、グリーンヒル上空に散布された。
そのウィルスが十分拡散し、亜生命体の行動が収まりつつある事を確認したのち、古池らが載った四機のポッドがクリーンヒルへと降下する。
古池が到着したとき、グリーンヒルは深夜の時間帯となっており、空には一面の星を見ることが出来た。
降下は無事終わり、施設内に取り残された要員が次々とポッドに乗り込んで行く。
はじめて降り立ったアヴァロンから見る空は、地球の星空とそれほど大きな違いはなかったが、何故か古池の両目からは涙がこぼれ、溜息を幾つも付いた。
戻り得ぬ所まで、たどり着いたことをはじめて実感したからである。
要員全員がポッドへ乗り込み、離陸準備を行っている、その時、天空の一角に巨大な光が現れた。
それは異様なほどに鮮やかで巨大なオーロラだった。
オーロラは、その姿を艶やかに、そしてより美しく身悶えさせ、やがて時ならぬ昼の光に照らされ、その姿を消していった。
光は、わずか数分で周囲を昼の光より明るい青白い光で包み、そしてポッド内の全ての警告が一斉に点灯した。
それから半日。母艦(マザーシップ)との連絡も取れず、発進も出来ないままに過ぎていった。
救助した要員の一人、天文学が専門だという老研究者が、アヴァロン近傍で、超新星爆発の兆候を示していた星があった事を告げた。強烈な電離層擾乱や電波状況、そしてなによりこの強烈な光から考えて、それはほぼ間違いない事に思えた。
やがて光がわずかにうすらぎ始めると、ポッドは自己復旧プログラムを開始した様で、少しづつ機能が回復していったが、その中で周囲の状況は、近傍での超新星爆発を確信させるものばかりだった。
やがてシステムチェックを終え、母艦へと戻った古池らを待っていたのは、徹底的な隔離処置だった。
古池らは、ポッドから降りても、等圧ベイの外に出ることを許されなかったのだ。
驚いた古池らは、激しく抗議するが、母艦(マザーシップ)側の通信士官は「バイオハザード発生の可能性がある」とだけ告げてきた。
数時間後、超新星の事を教えてくれた老研究者が倒れた。
エアロックから出てきた、陽圧防疫服に身を固めた保安要員が、高熱を出し、大量の汗を掻きはじめた彼を、防疫パッケージに封印して運び出していった。
驚いたことに、古池が想像していたようなパニックは、等圧ベイでは起こらなかった。
そしてもし、ここで何か起こったら、ベイの真空側の扉を開けるだけで、すべてカタがつく事に思い至り、背筋が寒くなった。
一時間過ぎるごとに、倒れるものが、だんだんとその数を増していった。
原因は、伝えられなかったが、ベイに隔離された人の多くが、亜生命を沈静化するウィルスに、強烈な放射線・紫外線が当って、変異したものと考えていた。
不安だけがつのる中で、二日経過したのち、別宮議長代理自身から、公式の陳謝と状況の説明が行われた。
まず、隔離された人達への対応が遅れたのは、より大きな問題がアヴァロンで発生したためであるという。それは、近傍宙域での超新星爆発を原因とするらしい、亜生命群の暴走と、制御用ウィルスの変異による変異体型亜生命の発生、そして、古池らが救助しなかった(要救助対称ではなかった)工業地区の人員の、変異ウィルスへの感染と、全滅が報告された。
ベイの中は騒然となった。
このままでは、みな死ぬのかという不安の中、別宮議長代理は、人工冬眠による病状の進行阻止と、人工冬眠の開始・終了時における代謝・免疫機能の低下によるリスク、そして人工冬眠でも病気の進行を完全に止めることは出来ないという事を説明した。。
「今、医療班と生化学研究チームが、全力でワクチンの開発に当っているが、いつワクチンが完成するかは、わからない。明日かもしれないし、20年後かもしれない。」
説明ののち、人工冬眠に入ってワクチンの開発を待つグループと、そのまま待機するグループが別れ、前者はそのまま隔離された人工冬眠区画へと向かった。
だが、ミュサだけは、人工冬眠でワクチン開発を待つ事を選択したのに、艦長の権限でそれを拒否された。理由は、その場では告げられなかった。
翌日、等圧ベイのエアロックに、古池をはじめとした、ポッドの操作を行った四人が呼び出された。
そこで、はじめてアヴァロンの詳しい状況が説明された。
前日の別宮議長代理の発言と質問への回答には、大筋で間違いはなく嘘はない。
しかし、事態はきわめて重大な段階へ入りつつある。
亜生命の動力となるのは量子電池である。その量子電池から電力で亜生命は生化学的エネルギーを得るのだが、変異亜生命体の一部が、発電プラントを侵食し、量子電池の機能停止を経ても、なお機能を維持できる可能性がでてきた。
しかも、工業区画で亡くなった人員の遺体を、万が一にも捕食融合した場合、そして、変異ウィルスによって、植物動物細胞からのミトコンドリアとの接触が、亜生命擬細胞のアポトーシス(自滅)を即す酵素が失われた場合………
ミトコンドリアを利用した、我々生命体が生化学的エネルギーを得るための能力を亜生命が得ることになる。
これだけは断固阻止しなければならない。
さらには、変異亜生命体は、アヴァロンでの亜生命による開拓が失敗した場合に用意されていた超大型中性子爆弾のコントロールシステムを侵食しつつある。
今はまだ、物理的な侵食も進んでいないし、電子的にも、ファイアウォールが亜生命による侵食を阻止している。
しかし、万が一にも有り得ないことだが、これが爆発した場合、アヴァロンは、今後数万年に及ぶ死の星と化す事になる。
人類の希望が、微塵に砕け散る………
フレディは、なぜ我々四人にだけ、この事を伝えたのか聞いた。
別宮議長代理は、はっきりと言った。
「君等に、アヴァロンを……人類最後の希望を、救って欲しい。」
等圧ベイ内に隔離されてたい人の多くが、人工冬眠に入り、そして、残った十数人が陰圧隔離ブロックに移動した。
古池ら4人は、降下ポッドと共に等圧ベイ内に残った。
降下ポッドは、圏外作業服を来た空間作業士によって、その本来の姿を見せつつあった。
『降下ポッド』と呼ばれていたものは、亜生命とメカニクスを融合させた、異形の兵器であった。
『敵』に対する攻撃を目的とした亜生命兵器は、開発の当初から、委員会内部から問題視されていた、別宮議長代理はそう言った。『敵』のいないアヴァロンに、何故『兵器』を持ち込まねばならないのか。何と戦えと言うのか。委員の多くがそう言って反対した。
古池も、もし自分が議決権を持っていたならば、絶対に反対したに違いないと思った。
しかし母艦(マザーシップ)への亜生命兵器の搭載を最終的に決断したのは、驚いたことにクラーク議長だったという。
「クラーク議長は、恐れていたんだ。この『兵器』が地球圏に存在し続けることを。」
もし、この強力な兵器が、いまの地球圏に存在し続けたら、必ずや新たな火種となった事だろう。
だから、この兵器は、地球圏から持ち去る必要が会った。絶対に手の届かない、永劫の彼方に。
だからといって、我々に押しつけるような真似をしてよいのか、古池は、そう考えたが、どんな過程にしろ、いまは、この亜生命兵器のみがアヴァロンを救う為の、唯一無二の『可能性』だった。
四人は、最終的な意思確認を終え、そして亜生命兵器の操作に、より適した体になるための手術を受けた。
補綴装具を操作するために脊椎や大脳表面から必要な信号を送受信するための探針をうちこみ、後頭部にインタフェイスを取り付ける。
一部筋肉組織に、脳とは別の制御系によって操作されるサーボ系が追加され、それに応じて、追加の筋肉組織が埋め込まれる。
医療用ナノマシンとそれを制御するための電子臓器が移植される。
とはいえ、これは、腹や背中を大きく切り開いて行われたわけではない。低重量状態にした等圧ベイの中で、突っ立った状態の古池らに、何本かの精密遠隔操作手術用マジックハンドが差し込まれて、静かに行われただけである。
手術そのものも、六時間程度で終わった。
古池らは、手術の後一週間ほどのナノマシン固定のための休息を取り、そして、亜生命兵器との接続実験が行われた。
この時、古池ら四人には、それぞれ専属の通信士官が割り当てられた。
古池に割り当てられた通信士官は、セト。
本名をセト・パンチェステラ。宇宙線焼けで肌だけ黒いブロンド。瞳も黒い。手足は長く、いかにもスペースエイジ(コロニー生まれ)の特徴を持っていた。
人懐っこい表情をする、あどけなさの残る少女だったが、通信士官としての腕は確かなものがあった。
そして、接続実験。その時の衝撃を、古池は一生忘れることは出来ないだろう。
物理的な接続が完了し、亜生命兵器の下層意識との連動が確立した途端、古池の脳内に大量の情報が雪崩をうってやってきた。
脳内に、情報が落ちてきたというのが、感覚として近いかもしれない。しかもそれは、一回だけのものではなく、連続してひたすら落ちてくるのだ。
最初は、その情報の奔流に流されてまともな対応ができなかったが、やがて、情報処理を下層意識に任せ、自分はより高度は判断を行う方法を憶えた。
他の3人も、それぞれ亜生命兵器との連動に慣れてきた。自転車に乗るようなもので、一旦乗れるようになってしまえば、あとはどうにでもなりそうだった。
仮想空間(シミュレーション)での操作もほぼ万全となった頃、超新星の爆発から既に二週間が経過していたが、遂に計画の概要と開始日時が告げられた。
その夜(とはいえ、艦内時間によるものだが)、古池はエアロックのガラス越しに手を会わせるフレディとシャシャルの姿を見た。
シャシャルが、何を言っているのか分からなかったが、ただ彼女は泣いていた。
シャシャルの言葉が、エアロックのマイクを通して、一言だけ伝わってきた。
「……あなたの手の温もりが、私には、届かないの………」
古池は何も言わず、その場を立ち去った。
古池は一人、等圧ベイの中にある展望窓を見た。
そこには、青い海と、所々緑になりかけた茶色い大陸を有する、白い雲につつまれた星が浮かんでいた。
アヴァロン………
人類最後の希望。
私は、そこに行く。
亜生命を一掃し、理想郷(アヴァロン)を救うために。
□□間奏曲
通信と戦術指揮の大部分を受け持っていたミューゼ(ミュサ)と、阻蹇(ジャミング)と探測(マッピング)を行っていたアフラン(フラン)が脱落し、古池とフレディの二人だけになった。
母艦は積極的に情報通信を送ってくれるが、二人は、むしろ自分で決断できる範囲が広がったことを喜んだ。
工業区画に侵入するころ、周囲には夕闇が迫っていた。
美しい。
古池はそう思った。また、自分にまだそんな事を感じることのできる感性が残っていたことに驚きを感じた。
と、あの『声』が聞こえた。
呼んでいる。間違いなく古池を工業地域の奥底、地下の中性子爆弾に向けて呼んでいた。
工業地域の亜生命達は、猛烈な攻撃を繰り返してくる。
上空に出れば工業区画の大気プラズマ化に用いる大出力レーザーメーザーがにらみを利かせており、飛空型変異体が雲霞の如く飛び回っている。
地上すれすれの低空を飛んで、対空砲火を避けつつ進攻する。
既に、工業地域は原型が何か分からない変異体で埋め尽くされていた。フレディと共に、感覚域(センソリウム)に入る全ての亜生命体を排除しつつ進攻する。
大気処理用のパイプ群の間をかいくぐりつつ、さらに奥へと進攻する。
『声』は、かつてない程に、古池の奥底から強い調子で語り続ける。
ただ、その言葉は、単なる単語の羅列で、意味のある文書として捕らえるのは難しい。
それでも、古池を待つなにかが、そこにある事を伝えてきていた。
さらに今は『声』には程遠い何かも、感じることが出来る。
古池は、それを亜生命の声ではないかと思い始めていた。
本来、亜生命達が人間に意思を伝えるなど、思いも寄らない事だ。
しかし作戦開始以後、ここまで見てきた変異体達は、自ら置かれた場に会わせて、急速に進化し、当初想定もしていなかった高度な能力を身につけつつある。
だとすれば、もしかしたら………
と、古池を包む『何か』が一層強く感じられた。
そこは、巨大な資材搬入口で、ここから地下へと降下できる。
周囲に、リボン状の変異体が群がってきた。それは、一つ一つがバラバラに、しかし全体が一つとなって襲いかかってきた。
バラバラに襲いかかるリボン状の変異体は、ただ撃ち落とされる事を待つだけにも関わらず、一つとして連携せず、しかし全て残らず襲いかかってきた。
それは、明確な意思だった。
目的そのものだった。
古池は声を聞いた。
それは、叫んでいた。
(生きたい)
□□8:
古池は全感覚器が一瞬マヒするほどの衝撃を覚えた。
(生きたい)
彼等のその無言の絶叫を知った。
(生き残りたい)
亜生命たちの、悲壮な雄叫びを聞いた。
(死にたくない)
人類の犯した過ちは、今やその手を離れ、自らの未来を彷徨い求めていることを知った。
高エネルギーレーザー、荷電粒子、MMBH、モノポール…………
亜生命達が、躬ら持てる火に焼尽くされてなお、彼等に挑まねばならない理由は、そこにはあった。根源の力が、亜生命達をつき動かしていた。
亜生命は生き残らねばならなかった。
なぜなら、亜生命は『いま、いきている』のだ。
命にすら満たない、いずれ潰え行く亜生命の存在たちは、しかし今だけは、『いきている』のだ。
亜生命たちは人類に反旗を翻すことによって、初めて己を『生命』たらしめている……。
声が漏れる。
「ああ……」
母艦(マザーシップ)は、大混乱に陥っていた。アヴァロンの主星系であるAX101星系の辺遠部に、大規模な重力場擾乱を認めたのち、数個から十数個の巨大な物体が急速星系内に侵入しつつあるのだ。
母艦(マザーシップ)側からの必死の呼びかけにも応ずることなく、その物体群は急速にアヴァロンへと接近しつつあった。
[個人記録1:記録者:ロバート・アリストテレス・ローレクト]
これは、私の死語、これを見る全ての人のために残すものである。
このファイルには、私のA系列神経スペクトルが同時に記録されている。これは、私が虚偽の証言を行っていないことを証明するものであり、本ファイル自体も、DNA証明をくわえた修正不可能ファイルである。
私、ロバート・アリストテレス・ローレクトは、アヴァロン計画に対しての重大な背信行為を行っていた事を、ここに告白する。
私は、地球における、ある人種を特に優良視する組織の一員であり、その組織の究極の目的『特定の人種のみをもってアヴァロンを開拓し、優秀な人間のみによる新たな地球史の始まり』のために活動を行ってきた。
地球における、ルドヴィン・ヴォン・ダンツ委員の暗殺未遂事件や、幾つかの機密漏洩事件は、すべてこの組織が遂行、もしくは計画に関与していた事を証言する。それらに対する証拠は、添付ファイル内に私の個人認証及びDNA証明をくわえた上で修正不可能ファイルに記録する。
また、私は、このアヴァロンに於ける亜生命の暴走、制御ウィルスのDNAコード改竄による変異体の発生などを遂行したことを証言する。
一方、近傍星コード22の新星化現象に付随する亜生命の更なる暴走は、私自身の想像を遥かに超えたものである事も併せて証言する。
私が生成した制御ウィルスの全コードは、添付ファイル内に記録されている。また、私自身が確認した変異ウィルスのスペクトルと、それぞれに対して現況で効果の確認されているワクチンに関する情報も同様である。
未確認物体は、その速度を落すことなくアヴァロンへ、母艦(マザーシップ)へと接近しつつあった。
ブライザッハ艦長以下、ブリッジの全員が、為す術もなく『それ』が接近するのを呆然として待つ以外になかった。
そして古池は再び愕然とした。
空間を歪め星の海を渡り、無から生命を造る。
そして、今、自らの過ちを、自らの手で招いた災厄を、生き残れる筈もない亜生命を、自らの手を離れたかりそめの命達を粛正しようとしている。
これは、いや、これこそは神の行いではないのか?
神は、全知の、全能の責任を負う…
今や神の力を得た人類は、神の加護を失ったのだ。
何者にも囚われぬ自由とは、またすべてを失うことと同義である。
人類は望むものを得た、そして、祈るべきものを、頼るべきものを、永遠に失ったのである。
[個人記録2:記録者:ロバート・アリストテレス・ローレクト]
フレディ、お前はこれを読むことができるだろうか。
私はそんな事を言うことのできる立場じゃないとは分かっている。だが、できれば無事で帰ってきて欲しい、心からそう思う。
私は駄目な父親だ。お母さんがあの交通事故でなくなって以来、お前と距離が出来てしまったことは分かっていた。
その距離を埋めようと努力したつもりだった、だが、いつのまにか私はお前の事を素直に受け入れられなくなってしまった。
ひとえに私が自分の考えに拘泥し、固執していたからだ。
それが原因となって、お前や、古池があんな事になってしまった。
私は心からお詫びを言いたい。
私は、もっと心を開くべきだったのだ。
もっと、他の方法があったはずなのだ………
だが、今となっては全てが遅い。
すまない。
お前の奥さんは、いい人だと思う。二人で幸せに暮らせることを祈っている。
古池は強烈なアンビバレンツに襲われた。
人類を守るべく、自らの人としての命を捨てた。そして、それは自らの『亜生命』たらしめることだった。
しかし、今、古池は伝えねばならない。
亜生命の叫びを、人々に。
人間として。
そして、そのためにはどうしてもやり遂げなければならない事がある。
この亜生命満ちる地下の奥底で待つ、亜生命群体の『意思』。
討たねばならない。
それが、それこそが、彼らの意思であり、彼らの望みなのだから。
母艦(マザーシップ)の監視要員が、正体不明物体の一群を光学カメラで捕らえた映像をブリッジのメインスクリーンに映し出す。
その映像をみて、ブリッジにいた全員が言葉を失った。
その姿は、どうみても、人間の手によるものだった。
そして、先頭を行くもっとも巨大な、艦隊旗艦とおぼしき航宙艦の艦首には、こう記されていた。
「FTLTS0001・閃空」
フレディの援護射撃の元で、激烈な砲火をかいくぐり、亜生命体に侵食された中性子爆弾の制御装置に攻撃を加える。
制御装置の収められた部屋は、まるで亜生命の腸(はらわた)の中に居るような錯覚を憶えさせる。
退路は、隔壁によって、塞がれていた。
制御装置を破壊する以外、脱出方法はないらしい。
侵食された制御装置は、既に元の形をとどめていない。何もかも、狂っている。
いや、狂っているのではない。必死なのだ。それほどに。
己の全てを狂わすほどに。
[個人記録3:記録者:ロバート・アリストテレス・ローレクト]
古池。
お前には、最後まで迷惑を掛けた。
本当に済まないと思っている。お前は、俺の顔など見たくもないというのが正直なところだろう。だから、この記録も、お前に見てもらえるものか分からない。
俺は、委員会に来た当時、ハッキリ言ってしまえば、お前を低く見ていた。
「新たなる地球を、新たなる我々の新天地にする」。そんな素晴らしい計画の中に、お前みたいな奴が居るのが許せる訳がなかった。
放射能汚染地域のすぐ側にある研究棟への配属なんか、反吐が出そうだった。
お前と付き合い始めた頃の俺の陽気さは、作られたものだ。
あれは、お前らに「優れた人種」の優位性を見せつけちゃ哀れだろうって、俺の勝手な思い込みで、適当に明るく振舞って見せただけだった。
だが、いつからは分からないが、いつのまにか、俺は、あの研究棟が好きになっていた。
あそこには、それまでの俺の人生にはなかった色々なものがあった。
気の置けない仲間、自由な時間、研究………日の当たる場所での、日の当る生活。
お前らには、裏も表も無くて、ただ、本音ばっかりだから、ときどきささくれ立ったりした時もあったけど、それもで楽しくて………
まだ、地球にいた頃に、全てを話せれば良かった。
そう思う。
ダンツ委員の事件が起こったとき、俺は心底驚いた。
組織は、おそらく俺と組織の関係を、ダンツ爺さんが疑っていると思って、あの事件を起したんだろう。
だが、結果として、俺は、ダンツ爺さんの後がまにハマっちまった。
今になって思えば、もしかしたら、爺さん連中が、俺を最初からハメるためにしかけたんじゃないか。未遂に終わったのも、全部爺さんどもの計画だったんじゃないか、とも思う。
俺は、組織がダンツ爺さんを狙ったことが許せなかった。
だが、俺には、どうしようも無かった………
お前に全て話せれば、良かったと思う。
そうすれば、俺はどうかなっても、お前や爺さんたちは無事で済んだろうから。
馬鹿だよ、俺は。
こんな事になってから、こう言うのは卑怯だと思う。
だが言わせてくれ。
俺は、たしかに組織の手先で、組織に指示されたことは、すべて忠実に遂行してきた。
だが、これだけは分かって欲しい。俺がどんな組織に属していたとしても、どんな事をしていたとしても、お前やダンツ爺さんや楊ちゃんたちとの日々は、決して偽物じゃない。まぎれもない、俺の日々であり、俺の本当の人生だった。
俺は、絶対に、お前に死んで欲しくなかった、こんな無益なことに、巻き込みたくはなかった。
だからこの星に来て欲しくなかった。
……結局こんな事になっちまったのも、俺のせいなのは間違いない。
それなのに、俺が結局こんな事をする決心ができたのも、お前のおかげだ。古池。
もう一度、お前と一緒に、楊ちゃんのいれたコーヒーを飲みたかった。あの研究室で。
ありがとう。
すまん。
そして、さようなら。
お前が無事に戻って、元の体に戻れることを信じている。誰よりも確かに。
母艦(マザーシップ)の探測ポッドの一つが、担当者の知らぬ間に射出された事が艦長に報告された。
しかし、艦長は、それを取り急ぎ処理する問題ではないと判断した。
今は、母艦(マザーシップ)に寄り添うような位置で制止した『閃空』は、母艦(マザーシップ)側のあらゆる呼びかけにも応じることなく、ただそこにある。
完全な閉塞状況だった。
ブライザッハは、どうすべきか決めあぐねていた。地球で、戦争が発生し、ここまで戦禍が広がったとも思えたが、それにしては、攻撃を加えられていない。何より『閃空』には武器の発射口、あるいは光学兵器らしいものは一つもない。
やがて『閃空』の様々な部分が迫り出し、口を開き、アンテナを広げ、瞬く間にアンテナと張り出しだらけの姿へと変容を遂げた。
まるでハリセンボンみたいだ。ブライザッハはそう思ったが、かといって何か状況が変わるわけではなかった。
と、母艦(マザーシップ)の全ての探測装置が強烈なノイズを受信し、それが幾つものパターンを駆け巡り、やがて通常の映像通話信号に収斂していった。
『…艦長、ブライザッハ艦長。聞こえますか?、こちらは超光速実験艦『閃空』。現在、VHF領域、非圧縮極超低密度通信にて通信中です。艦長、ブライ………』
轟々と音を立てて、何かが飛び交う。
人の頭。
それは、人を喰らった亜生命が、人の姿を手に入れかけた姿。
古池はもっとも恐れていた自体の一つが現実のものとなりつつあることの恐怖する。
このままでは、亜生命達はミトコンドリアを手に入れ『生命』と不可分に混ざりあってしまう!、そうなっては、もう古池達に、人類に為す術はない!。
攻撃ユニットに可能な限りの出力を叩き込み、目の前の制御装置に全火力を集中する。
しかし、亜生命達は、ついに中性子爆弾の起爆コードを手に入れ、時限装置を作動させた。
古池はしばらく瞑目し、そして決断する。
フルチ本体の頭部が爆散し、緩衝液が飛び散り、古池が剥き出しになる。
驚き、そして古池の意図を理解するフレディ。しかし、この攻撃の中、古池の企みが成功する可能性は低い。
しかし、既にそれ以外に為す術はない。フレディは、古池に接近する。
古池はフルチの自爆シークエンスを起動させた。
母艦(マザーシップ)から射出された探測ポッドから、途中、一つの物体が離れ、大気圏の熱の中で燃え尽きた。
探測ポッドは、アヴァロンの大気の中で、一定の高度を保ち、そしてある波長の、ある法則性を持った電磁波を投射し始めた。
何故そうなったのか、理由は分からない。しかし、確かなことは亜生命達の動きが突如鈍り出したということだけだった。
古池達の退路をふさいでいた隔壁も、まるで支えきれなくなったかの様に、下半分がだらりと開き始める。
攻撃はまだ続いている。気を抜けば瞬時に撃墜される。
しかし、攻撃に隙が出てきた。
フレディが操縦室の緩衝液を捨て、スクリーンシールドを開けてフルチの下にもぐり込む。
「先生!」
たかが二日ぶりに聞いた声なのに、古池には、それは何年も前に聞いた懐かしい声に思えた。
古池は機体の上下を反転させ、そこからフレディの操縦室へ、文字通り落ちていく。
「生きます!」
いやフレディは『行きます!』と言ったのだろう。ただ、古池にはそう聞こえた。そしてそれは全く正しいものだと思えた。
上下反転したまま、仮想意識の自動回避・自動攻撃のみでふらふらと漂うフルチ。
古池はその姿に心の中で感謝する。
「うまく行くか行かないかわからんが………ありがとう。」
フレディは、制御装置に背を向け、一散に出口へと向かう。
背後のフルチは、亜生命達の集中砲火を浴び、緩やかに高度を落している。
迷路のような、亜生命の腸(はらわた)のような回廊を限界を越えた速度で飛ばす。
慣性制御も緩衝液も失われた状況では、体にこたえる。
だが、今はその感覚が嬉しい。失われたものが再び手に入ったからだ。
縦横に巡る通路から、垂直の資材搬入路が見えた。後は上昇するだけだ。
細い回廊の彼方に空が見えた。朝が来たらしい。空は青かった。
「ああ……」
その瞬間、背後で物質・反物質暴走反応が起きた。
「先ほど探測ポッドから投射されたパルスは……これは亜生命体の量子電池に対する、停止コードだったようです。これで、地上の亜生命群の一部が機能不全になったわけです。」
「なるほど、で、探測ポッドから落ちたもう一つの物体に関しては何か情報は?」
「現況では不明です。ただ………」
「ただ?」
「探測ポッドに乗って出発した筈のロバート・ローレクト博士が、どうやら探測ポッドには、乗っていないらしいのです。」
「何?!」
艦長らが待つ母艦の等圧ベイに到着した『閃空』のシャトル。
そこから最初に降り立ったのは、場違いなほどラフな格好をした一人の老人だった。
その老人はスッと背筋を伸ばしたまま、ブライザッハ艦長の前に立つと、敬礼をする。
「超光速実験艦(FTLTS)『閃空』の勇士は、いかがかな?。」
艦長は、男の姿にも驚いたが、それ以上に艦種に度胆を抜かれた。
「ちょ、超光速?、実験艦?!」
「そう、その試験飛行として、AX101星系までの実験往復航行が、今正に折り返し地点に到達したというわけだ。」
驚くブライザッハ艦長らの前に、一人の女性が歩み寄り、そして敬礼した。
「超光速実験艦(FTLTS)『閃空』の総司令官、のぞみ・ヴェルディア・古池です。」
「え?、じゃあ…あ、あなたは………」
「クラークさん、実際はともかく、名目上はもう引退されているんですから、あんまり前に出ないで頂けませんか?、私これでも司令官なんですから。」
その名前を聞いて、もう一度老人をまじまじと見つめ、そしてブライザッハは顎を外した。
その男の名は、エイドリアン・C・クラーク。前世紀最後の、とも今世紀最初の、とも言われる天才科学者………
「光の壁も、まあ、越してしまえば大した事ないもんでね。」
変異体亜生命の活動は、中性子爆弾制御装置の破壊をピークにして、次第に減衰しつつあった。
最大の危機であった、中性子爆弾制御装置の暴走などを阻止したことによって、母艦(マザーシップ)は、亜生命達の量子電池の寿命が尽きるまで待つという戦略の転換を行うことができた。
このまま行けば、半年も待たずに亜生命達は機能を停止する。一部電力施設に取り付いている亜生命群も、幾つかは電力の供給を受けて、生き残るかもしれないが、数からいえばごく一部であり、人間の助力なくして生き残ることは不可能だろう。
理想郷(アヴァロン)は、その命脈を保ったのである。
母艦(マザーシップ)内の一室。古池の私室の机の上に、一枚のメモがあった。
そのメモにはこう書かれていた。
「俺は、お前が命懸けで守ろうとしているものの、一部になるつもりだ。まあ、それくらい、許してもらえるよ、な?
ロブ」
□□エピローグ
グリーンヒルからモノレールで2時間。
かつて母艦(マザーシップ)と呼ばれたものの一部が、ここに残っている。
それは、数世紀前にはじめて植民を試みた者達の魂とも言うべきもの。
だが、多くの人が忘れかけている事が一つある。
この場所はまだ、その役割を終えていない。
それは、今は未来に向かって旅をする人々を無事に『その時』へ送り届ける事。
そこには、娘の手によって遥か地球から運ばれ、いつか夫と再び手に手を取って、歩くことを願って眠りに就いた者や、想い人の手の温もりを感じることのできるその日まで、眠り続けたいと願う者がいるという言い伝えがある。
しかし、それを確かめようとするものは、今はもういない。
亜生命戦争異聞・完
●
んなわけで、お疲れさんでした。これを書き始めたのは、ファイルのタイムスタンプで見る限り1994年の一月。およそ十年十ヵ月の長丁場、でした。最後の三部は、先に述べたような理由で、駆け足になってしまいましたが、なんとなく雰囲気だけは(そして最初から完結させるつもりだった事だけは)掴み取って頂けるんではないでしょうか?
そんなこんながあったりしますが、お楽しみ頂けたら、嬉しい限りです。
んでもって、しばらくは、別の方向でいろいろ勉強していきたいと考えておりますので、気がついたら、笑ってやってくだされ。はい。
では、次回の更新をお楽しみに。
Number of hit:68249+14500くらい
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